クラスナホルカイ・ラースロー『北は山、南は湖、西は道、東は川』(早稲田みか・訳)

2025年ノーベル文学賞受賞作家による、京都を舞台にした小説
日本に滞在したことがあり、そのときの経験を元にした作品とのこと。
2003年発表、2006年邦訳。
クラスナホルカイ*1の小説でおそらく唯一の邦訳作品なのだが、品切れで入手困難となっているらしい。
ノーベル賞受賞直後に、SNSでフォローしている人が「図書館で予約した」とポストしているのを見かけて、とりあえず自分も予約してみたのが、3ヶ月ほどたって順番が回ってきたのである。
実をいうと、当時と比較して、読むモチベーションが低くなっており、借りずにキャンセルしてしまおうかとも思ったのだが、なんとこの本、今から改めて予約すると順番が回ってくるのに3年くらいはかかってしまうのである。
全く読まずに返してしまうのももったいない気がしてしまい、とりあえず手に取った。
それもそれでどうかと思うが、かなり飛ばし読み気味で、一応目で追った感じである。


断章形式で書かれており、一つの断章がだいたい2~3ページほど
それが、2章から50章まである(1章は存在していない)。
基本的に京都の話で、京都の寺社仏閣にまつわる諸々の話が書かれている。
書物として木簡から絹が使われるようになった頃の話とか、職人が建築材料としてまず山を買うところから始める話とか、そういう知識解説的な章もパラパラある
一応、ストーリーとしては、「源氏の孫君」という人が、庭園百選みたいな本で見かけた百番目の庭を探し求めている、というもの。
京阪電車に乗ったり、自販機使ったりしているので、物語世界内の現在は現代なのだが、庭のことは平安時代からずっと探し続けているようである。
すごく地学的な話が延々なされている章もある(ジルコンはすごいとか)。
そういえば、どっかの寺の書庫か何かで、棚が倒れて壊されているけれど何も盗まれていない、一体どういう意図でこんなに荒らしたのだろうか、みたいなことが書いてある章があったのだが、それってもしかして地震では、と思ったりはした。
全然別の章で、京都はよく揺れる、みたいなこと書いてあった気もするが。
犬が死んじゃう章もある
あと、源氏の孫君のおつきの人たち(?)が、自販機でお酒買いまくってべろんべろんになって京阪電車に乗ろうとする、というよくわからん章もあった気がする。


訳者あとがきに、クラスナホルカイのほかの作品の紹介もあるが
作品の最後が、スイスの美術館に壁に書かれているという作品があるらしい(物語の登場人物について書かれた記念碑が現実世界にあることで虚実が入り交じる、ということらしい)
旅行が好きで、モンゴルや中国なども訪れている。
友人から誘われたのがきっかけで1997年に初来日。

*1:ハンガリー人なので、名前の表記は姓-名の順である

佐野貴司『超巨大噴火と生命進化』

大量絶滅のビッグファイブ+αを、巨大噴火という観点から紹介している本。
+αというのは、新生代のPETMやトバ火山噴火なども扱っているから。


著者は国立科学博物館の研究者(地学研究部グループ長。専門は火山)で、現在、科博で開催されている「大絶滅展」にも関わっている。逆に言えば、この本も「大絶滅展」にあわせた本ともいえる。
(元々、科博の中で行われてきた総合研究プロジェクトの中から、一部を切り出してきたのが本書らしい)
講談社ブルーバックスのサイトで、本書の一部を抜粋して公開しており、そのあたりきっかけで手にとった
超巨大噴火と生命進化 地球規模の環境変動が大量絶滅と進化をもたらした | ブルーバックス | 講談社

第1章 超巨大噴火と生命の進化

この章は、基礎的な用語や概念の解説。
巨大火成区(LIPs)について
普通の火山はプルームによって運ばれたマグマが噴出してできるが、スーパープルームによって桁違いなマグマがあがってきたことで作られた巨大火山をLIPと呼ぶ(LIPsのsは複数形のs)。
LIPの噴火した跡として、陸上では洪水玄武岩(トラップ)、海底では海台が形成される。名前は異なるがどちらも同じプロセスで作られたものなので、LIPsと呼ぶ。
(個人的にはシベリアトラップとかデカントラップとかいった呼称に親しんできたが)本書ではシベリアLIPとかデカンLIPとか呼ばれている。
Newton 2025年12月号 - logical cypher scape2でもLIP呼称を見かけていて、なぜだろうと思っていたところ。なお、このNewton記事の監修者=本書の著者

第2章 オルドビス紀末:2番目に大きな大量絶滅

  • 水銀

ここ10数年、火山噴火を知るために用いられている指標らしい。本書の中で、度々出てきて、この地層から水銀が出てるのでこの時期に噴火があったな、というように使われている。

2020年発見
火山体のあった岩盤が今どこにあるかはもう分からない
→中国は二つの大陸のかけら(揚子江盾状地とカタイシア地塊)からできていて、揚子江楯状地から火山灰が出てきているけれど、かつて火山体があっただろう場所は、カタイシア地塊に置き換わっているということっぽい。
風化作用で年代特定が難しかったが、ジルコンで年代推定
でたな、ジルコンといった感じ


ローレンシア大陸とバルチカ大陸の間にあるイアペトス海に、タコニック島弧という火山列島
これが噴火活動をしていた。
オルドビス紀の大陸配置とか全く知らなかった。バルチカ大陸、イアペトス海……


火山爆発→富栄養化光合成活発化→寒冷化→1度目の絶滅(4億4500万年前)
→火山ガス増加→温暖化→貧酸素化・有毒な水塊の発生→2度目の絶滅(4億4400万年前)


絶滅が2段階あったことについては土屋健『オルドビス紀・シルル紀の生物』 - logical cypher scape2にも書かれているが、こちらでは、氷河の発達が起点となった説明になっていたっぽい。黒い本は2013年で、揚子江LIPの年代特定の前なので。

  • 第一段階の絶滅(寒冷化)

四放サンゴ・床板サンゴの生物焦に打撃
三葉虫は50%、腕足類で40%、筆石は80%の属が絶滅

  • 第二段階の絶滅

第一段階を生き延びた三葉虫の40%が絶滅。その後、再度の繁栄はなく、細々生き延びたのちペルム紀末で完全に絶滅
浅い海で生息していた腕足類、コノドントは打撃。しかし、深海の腕足類、遠洋性のコノドントは生き延びる

温暖で環境が安定
床板サンゴ類が繁栄し、大量絶滅の200~300万年後という短期間の間に、生物焦が繁栄
三葉虫がいなくなって空いたニッチに、二枚貝、腕足類、頭足類が進出
ウミサソリの繁栄

第3章 デボン紀後期:海域のみでの大量絶滅

ローレンシア、バルチカ、アバロニアの3大陸が合体しローラシア大陸に。3大陸の間にあったイアぺトス海はすでに閉鎖した。
古テチス海
アンモナイト類や有顎類の登場
アンモナイト中生代示準化石として有名だが、それは狭義のアンモナイト、ここで登場するのは広義のアンモナイト。本書では前者を「アンモナイト」、後者を「アンモナイト類」と表記する
森林の形成
動物の陸上進出
活発な造山活動→魚類の地理的隔離
 

  • ケルヴァッサー事変

デボン紀では、タカニック、フランネス、ケルヴァッサー、ハンゲンバークといった絶滅事変が知られる。
ケルヴァッサーはこの中で特に大きな絶滅というわけではないのだが、特殊な絶滅のため、ケルヴァッサーだけがビッグ・ファイブの一つとされる
ケルヴァッサー=ドイツの地名。フラニアン期とファメニアン期の境界=F-F境界
海洋無酸素事変と寒冷化
デボン紀末の絶滅については、ほかの絶滅事変も含めて考える研究者もいるらしい
土屋健『デボン紀の生物』 - logical cypher scape2『日経サイエンス 2025年5月号』 - logical cypher scape2の記述は、ケルヴァッサー事変以外も含んだものだと思われる。


ジルコンによる年代推定、水銀による火山噴火調査がここでも出てくる。


2020年、シベリアのヴィリュイLIPとケルヴァッサー事変の関係指摘される
100万立方キロメートルのマグマ
極東のケドンLIPも可能性あり
オルドビス紀揚子江LIPもそうだったが、ほんとにここ数年の間で、研究が進展しているのだな、と。


噴火による寒冷化
火山ガスによる海洋酸性化
酸性化→炭酸塩危機→生物礁の減少


床板サンゴ類80%、四放サンゴ類60〜97%絶滅
深海、高緯度、淡水魚の絶滅率が低いが、これらは、寒冷化に適応しやすかったからだと考えられる(深海はあまり温度変わらず。高緯度地域はもともと寒い、淡水域はもともと温度変化が大きい)。
というか、こういう絶滅率の違いから、絶滅の原因は寒冷化だろうと推測されているっぽい。
無顎類ほぼ100%、板皮類絶滅。アンモナイト類や腕足類も打撃
土屋健『デボン紀の生物』 - logical cypher scape2でも、緯度による絶滅率の違いと寒冷化を関連付けて説明している。しかし、この本ではまだ絶滅の原因は謎、と書かれている。


『milsil 2025年12月号』 - logical cypher scape2は、デボン紀末の絶滅を土壌の流出によるものとして論じていた。

有孔虫フズリナの発生
無顎類や板皮類の絶滅で空いたニッチを硬骨魚類、サメが獲得

第4章 ペルム紀末:史上最大の大量絶滅

ローラシアゴンドワナが接近してレイク海が閉鎖し、石炭紀末期までにパンゲア形成
パンゲア大陸とパンサラッサ海という巨大大陸と巨大海洋の大陸配置
テチス海のことが、巨大な湾と表現されていて、そうか、あれって湾なのか、と


海域で属の56〜66%、陸上で属の89%絶滅
ビッグファイブの他の絶滅は科レベル
それに対して、ペルム紀末は、綱や目レベルで絶滅
三葉虫って綱だったんだ……!


ペルム紀には、キャピタニアン期末とチャンジシアン期末の2つの絶滅事件
本書では後者のみを扱う
(前者を第6の絶滅とする考えや、両者合わせてペルム紀後期の大量絶滅とする考えもある)
(なお、キャピタニアン期末の絶滅原因は峨眉山LIPとされる)


チャンジシアン期末の絶滅は、20万年の間隔をあけて2段階で発生
1回目はペルム紀末、2回目は三畳紀最初期


シベリアLIP
火山噴火は、短期的には二酸化硫黄による寒冷化、長期的には二酸化炭素による温暖化をもたらす。


火山ガスによる放出だけでは説明できない炭酸塩の炭素同位体比の減少(二酸化炭素増加)
→マグマによるガスハイドレートの崩壊と石炭の燃焼が要因


超酸素欠乏事変
さらに、酸性雨オゾン層破壊、水銀や硫化水素などが起きた


陸上生物にとって初めての大量絶滅


長期にわたる温暖化
パンゲア大陸とパンサラッサ海という大陸配置も要因。海岸線・浅海が少なく、光合成が少ないので寒冷化しない。


回復も時間がかかった
科の数が元の水準に戻ったのはなんとジュラ紀に入ってから


複数の要因の関係を示したモデル図、尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか』 - logical cypher scape2にも出てた奴だ。


土屋健『石炭紀・ペルム紀の生物』 - logical cypher scape2丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』 - logical cypher scape2では、シベリアLIPについて触れられていて、有力説になっていたことがうかがえるが、まだはっきりとしない、という感じで書かれている。

第5章 三畳紀末:大陸分裂にともなう大量絶滅

パンゲア大陸が分裂して大西洋が誕生する=中央大西洋マグマ区による絶滅
地層が少なく、この時期の情報が少ない


三畳紀末の大量絶滅については、以前尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか』 - logical cypher scape2を読んでいた。
当たり前だが、出てくる要素要素は尾上本にも出てくる。しかし、描いているストーリーは異なる。というか、尾上本は、尾上自身の研究の流れとあわせて一冊の本で一つのストーリーを描いているが、本書は記述としては散文的
炭素同位体比の負異常が3度あったことについては本書にも記載されているが、尾上本のようにそれを時間の物差しとする云々といったことはない。尾上本は、負異常の時期と噴火の時期が一致しない→マグマ貫入でその謎は解ける、というのが書かれているが、本書では、水銀の指標とマグマ貫入を並列的に紹介して、やはり火山噴火ですね、という感じ
植物の気孔化石からの二酸化炭素濃度推定
海洋酸性化により、サンゴ礁や貝類の殻を形成している炭酸塩が溶解
尾上本では、海退と絶滅は無関係としているが、本書では海退も絶滅要因になった可能性に触れている。


アンモナイトのセラタイト目絶滅
二枚貝77パーセント絶滅
グリーンランド、北米で地上植物の大量絶滅。本書では、地域限定だった可能性があると書かれている。
植竜類、偽鰐類絶滅   


水銀濃集=噴火があった証拠→複数回にわたり、6地域で確認されている
イリジウム濃度上昇=玄武岩マグマ噴火の証拠
ジルコンによる火山噴出物の年代測定

円石藻の繁栄→石灰質ナノプランクトン→チョーク層の形成
アンモナイト亜目の適応放散。さらにそこから、異常巻きアンモナイトであるアンキロセラス亜目の派生
べレムナイト、魚竜、首長竜の繁栄
地上では、恐竜の繁栄

第6章 白亜紀末:恐竜の絶滅

世界最大のLIPであるオントンジャワ海台カリブ海台などが噴火していて、その火山ガスで温暖化。
パンゲア分裂以降、もっとも大陸が多い状況で、生物の多様化が進んだ。
LIPの噴火が絶滅ではなく、生物の繁栄をもたらした事例
海中では、エビとかが殻のある生き物を捕食するので、進化が進んだ。
地上では、被子植物の進出で昆虫との共進化が進行した。


白亜紀末の大絶滅は、ビッグファイブの中で規模としては4番目
ビッグファイブとして規模は小さいが、データが多いので研究が進んでいる
例えば海底の地層とか
陸より海の方が、風化とかしないので保存状況がよい。しかし、ビッグファイブのうち、白亜紀末以外の時代の海底の地層はすべて、海溝に没したか陸上にあがったかして、すでに存在しない。


白亜紀末の大絶滅の原因は、隕石ということで決着がついている(参考:後藤和久『決着!恐竜絶滅論争』 - logical cypher scape2)が、その前後のことについてはまだ議論がある。
隕石より前に恐竜の多様性は減っていたとか、デカンLIPの噴火による影響で長期化したとか。
本書は、隕石より前に多様性が減っていたし、噴火による影響もあったという研究が紹介されている
多様性が減っていたのかどうかは最近でもこんな記事が
恐竜は小惑星衝突の直前まで繁栄、新たな「強力な証拠」を発見 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト
非鳥類恐竜類の絶滅に関する議論はなぜいまだに決着しないのか(對比地孝亘/古脊椎動物研究者) | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

シダ植物の胞子しか発見されないシダ・スパイクが世界中の地層にみられる
光合成が行えない時期があったと考えられる


淡水生物は絶滅率低い
→デトリタス食だったためと考えられている

  • デカンLIP

噴出量多いのは新生代入ってから(ここからも絶滅の主要因でなかったことがわかる)
噴出率と絶滅率を比較した研究があり、デカンLIPは3番目であり、隕石衝突がなくても大量絶滅を引き起こしていたと考えられる。
隕石による海洋酸性化だけでは「浮遊性有孔虫やアンモナイトを絶滅させるのは困難」
LIPは「より効果的に陸上生物を絶滅に追いやった」
(この、より効果的に絶滅させた的な表現が、ちょっと面白かったので引用した)

絶滅からの回復は速い
哺乳類の大型化が何度かに分けて起きているが、それは温暖期と対応している。
これらはデカンLIPによる温暖化とみられる
これも、LIPの噴火が絶滅ではなく繁栄をもたらした事例

第7章 新生代の超巨大噴火による地球温暖化

寒冷化が進む新生代には時々温暖化期があり、目立つのは前期始新世最暖期と中期中新世最暖期(MMCO)
さらに前期始新世最暖期に先立ちPETMという温度の急上昇がある


約5600万年前 PETM(暁新世-始新世温暖化極大)
北大西洋LIPが原因
→ 炭素同位体比負異常で特徴付けられている
約1600万年前 MMCO
→コロンビアリバーLIPが原因

  • PETM

場所によっては10℃、多くは4〜5℃の気温上昇
二酸化炭素増加→海洋酸性化→炭酸カルシウム溶解
→底生有孔虫30〜50%絶滅、サンゴ礁崩壊
針葉樹から広葉樹へ
ウマの小型化
→ベルクマンの法則による
→あるいは二酸化炭素増加により植物のタンパク質含有量低下がしたため

グリーンランドとヨーロッパの分裂
マグマ貫入によるガスハイドレート崩壊→メタン放出
炭素同位体比負異常や有孔虫の絶滅、貧酸素化、海洋酸性化などを説明できる
水銀濃集見られないので、噴火は起きていなかった

第8章 人類に影響をあたえた巨大噴火

(700万年前に誕生した)人類は、LIPsの噴火は経験していない。
しかし、様々な巨大噴火は経験してきた

  • VEI(火山爆発指数)
    • VEI8以上 スーパー噴火

噴出量1000立方キロメール以上、マグマ量400立方キロメートル以上
コロンビアリバーLIPでは、少なくとも10回のスーパー噴火が起きたとされる
また、デカンLIPは溶岩量が9300立方キロメートルで、VEI9超ともされている。
第四紀においては、少なくとも10回のスーパー噴火があったとされる。

VEI7
→噴出量100立方キロメートル以上、マグマ量40立方キロメートル以上
→1815年 タンボラ
VEI6
→噴出量10立方キロメートル以上 マグマ量4立方キロメートル以上
→1991年 ピナツボ

  • 第四紀のスーパー噴火TOP3

約7万4000年前 新期トバ(5300立方キロメートル)
約84万年前 古期トバ(2300立方キロメートル)
約100万年前 キッドナッパー(1200立方キロメートル)

  • トバ・カタストロフ仮説

1998年に発表された
新期トバの噴火によって、数年間にわたり3〜5℃の寒冷化が起きたとするもの
グリーンランドの氷床コアから、硫酸イオン濃度スパイクが確認されており、寒冷化を引き起こす硫黄の噴出があった証拠とされる
人類の進化の過程で、人口規模が減少したことでボトルネック効果が生じたと考えられているが、それの原因がこのトバ噴火による寒冷化だった、というのがこの仮説のポイントである。

  • トバ・カタストロフ仮説への反論

インドにおいて噴火前の地層から石器があり、噴火前に人類の拡散が起きていたことを示している
また、南アでは、逆に噴火後の地層からも生活の跡が発見されており、噴火による人口減少は起きていなかったことを示している
「火山の冬」のような大規模な環境変化・寒冷化の証拠も見つかっていない
2010年代の調査では、トバ火山のマグマには硫黄が少なく、寒冷化を引き起こさない、とも。ただし、筆者はこの点については、グリーンランドの氷床コアの硫酸イオンスパイクが説明できないとして、再反論している。


トバ・カタストロフは、名前や概要はなんとなく知っていたけれども、それこそネットで見かけてWikipediaを読んだとかそういう感じで知っただけだったので、改めてちゃんとこう整理された形で読めてよかった。

日本でも破局噴火は起きていて、例えば屈斜路湖支笏湖十和田湖などトバ火山と同様カルデラ湖を形成している。
本書では以下の2つが紹介されている。

姶良カルデラ
九州南部のシラス台地
関東にも10cmの降灰
富士山の体積に匹敵するマグマ量(約370立方キロメートル)
熊本県の遺跡で、噴火前後に石器の変化が見られる。
東京都の調査で、遺跡数の減少が見られる。

鬼界カルデラ
大阪でも20cmの降灰(アカホヤ火山灰と呼ばれる)
マグマ量約75立方キロメートル
噴火当時は縄文時代
大隅半島薩摩半島中南部に暮らしていた縄文人は一度絶滅したとみられる。
薩摩半島中南部では500年後、大隅半島南部や種子島では1000年後から石器が発見されるようになり、この頃に環境が復活したとみられる。


姶良カルデラや鬼界カルデラも名前だけ知っていて、いまいち概要をちゃんと知らなかったので勉強になった。

  • 未来のLIP

過去において、絶滅を引き起こさなかったLIP活動もある。
アセノスフェアでマグマは生産されるが、アセノスフェアは次第に冷却されていっている。
約40億年後には、アセノスフェアは1150℃以下に冷却され、マグマがなくなると考えられている。
今後巨大噴火があると考えられる場所

コロンビアリバーLIPによる火山
しかし、噴火活動は収まってきて、今後の噴火の可能性は低い

LLSVP(地震波遅い領域)という、LIPが形成されやすい地域にある
このLLSVPは、かつてシベリアLIP、ヴィリユイLIPを形成した

ここも今後可能性がある、と。

『日経サイエンス 2025年8月号』

2025年振り返り - logical cypher scape2で「日経サイエンスは(...)8月号が気になっていたんだけど読み損ねている。」と書いたが、それの回収

プラナリアから脳の進化が見えてくる 出村政彬 協力:阿形清和/梅園良彦

プラナリアの脳の発生についての研究
普通、脳の発生は生涯に一度だけだが、プラナリアは身体が切断されると、トカゲの尻尾よろしく身体が復活し、その際、脳すらも再生する。なので、脳の発生を調べやすい。
プラナリア無脊椎動物でヒトは脊椎動物。神経系は相似器官だと思われてきたが、1990年代にショウジョウバエとマウスとで同じ遺伝子が発生に関わっていることがわかり、遺伝子レベルでは相同ということがわかってきた。
阿形らは、プラナリアの脳が発生するときに働く遺伝子をみつける
この遺伝子をノックアウトしたら、脳が発生しなくなる、かと思いきや、脳は普通に発生した。だけでなく、ほかの場所にも眼ができた。
この遺伝子は、脳が発生する場所を決める遺伝子で、発生に関わる物質をせき止めるための役割を果たしていた。(nou-darake(脳だらけ)遺伝子と命名
そして、この遺伝子が脊椎動物でも働くことを突き止めた
マウスのを逆にプラナリアにもってきたりする実験とか

知能の在り処  R. ジェイコブセン

レヴィンという生物学者プラナリアの研究
脳以外でも認知は行われていると考え、「原初的認知」という分野の研究を行っている。
普通の細胞にもイオンチャンネルはあるわけで、情報処理は行われており、神経細胞との差は程度の差だと考える。
違う人の研究で、アメフラシに学習させた後、その脳のRNAを別の個体に注入すると「記憶」が移植されたような現象が起きたという実験がある
レヴィンは、プラナリアに学習させた後、二つに切断。尾部の方から脳が再生したあと、尾部の方も学習していたことができたという実験を行った。脳以外の場所に記憶が保持されていたのではないか、と。
レヴィンは、局所的な電気活動がそれをになっていると考えている。
ツノガエルの細胞から作られたゼノボットというものがある。
細胞の集合体で、水中を泳いだりすることができる。カエルの細胞をもとにしているがカエルではない存在。しかし、(入力に対して適切な応答をするという意味で)知能らしきものがある
進化の過程で知能は生まれてきたと考えられるが、ゼノボットは生物進化の中で生まれてきた存在ではない。
この記事は最後に、監修者である阿形によるコラムがつけられている。
というのもレヴィンの主張は、まだ一部の研究者が唱えているだけで、研究者の世界でのコンセンサスが得られたものではないからだ。
レヴィンによるプラナリアを切断して脳以外の場所が「記憶」していたとされる実験だが、これは別の解釈も可能だという指摘がある(試行回数が減ったから記憶していたという解釈だが、別にそれは学習内容を記憶していたわけではないのでないか、とか)
レヴィンの実験以外にも、脳以外の場所に記憶されていたとされる実験はあるが、そうした実験もほかのメカニズムで説明可能だったりする、とのこと。

生成AIはロボットの頭脳になるか  D. ベレビー

ChatGPTの登場で、これはロボットに使えるのではという機運が生じた、と。
レヴァタス社では、工場巡回に使っているボストン・ダイナミクス社のロボットとChatGPTを組み合わせた。従業員がロボットへの指示をするのに使える。ただ、これは工場という限定された環境だから。
問題は、ロボット側にある。
LLMがどんなに賢かったとしても、ロボット側の方にそれを実行できる能力がなかったりする。
南カリフォルニア大のトマソンらは、ロボットが実行できる範囲にしぼるプロンプトを作ったり、あるいは、Pythonで出力するプロンプトを作ったりした。
Googleの研究グループは、ロボットが実行できる行動を予めリストアップしておいて、LLMには、必ずそのリストからロボットへの指示を出力させるようにした
プリンストン大学では、見たことない道具を使うことができるか、というメタ学習実験。「汎化」が可能なことがわかった。例えば、バールを見たことないロボットにバールを持たせる。長い方を持てばいい、ということを、ほかの類似の道具から学習している
LLMとロボットを結びつけることの危険性についての指摘もある
反AI論者として有名なゲアリー・マーカスは、人間からの指示を誤解することの危険性や、仮に理解できた場合でも危険な動作をする可能性を指摘している。
(ゲアリー・マーカスは「筋金入りの反コネクショニスト」と次田瞬『意味がわかるAI入門 ――自然言語処理をめぐる哲学の挑戦』 - logical cypher scape2で紹介されていたな)
トマソンらは、ハルシネーション対策として、LLMと「古き良きAI」を組み合わせる。LLMが突拍子もないハルシネーションを出しても、古き良きAIがそれを弾く仕組み
LLMは偏見も学習してしまうことがある。
ロボットによく利用されている言語モデルを使って、やはり人種的偏見が出力される実験結果がある
ただ、LLMとロボットを組み合わせることの問題はもっとその手前にある、と。ボトルネックは、例えばものをちゃんと掴むとかもっと簡単なことにあり、それは非言語的なものだ、と。

最後にブラウン大のテレックスの言葉として、LLMにはインターネットのよいところのすべてと、インターネットの悪いところのすべてがある、という内容の言葉が引用されていた。
最初読んだとき、何うまいこと言ってんの、と思ったのだが、その後、悪いところは結構詰まってそうだけど、よいところも一部は入っているがすべては入ってなくない、と思ってしまった。AIに対する偏見かもしれないけど。

ヘルス・トピックス 座りっぱなしにご用心

座ることの健康への悪影響は以前からよく言われているが、自分も座っている時間が長いので気になっている。
運動をすることで、座ることの害はある程度打ち消せるらしい。座る時間が長い人は、普通に推奨される運動量よりもっと多い運動量が必要になるよ、ということになるが。
最近、座ることを喫煙に喩えることすらあるらしいのだが、さすがにそれは大げさ、とも。
あと、座る時間が長くなる場合、時々動くことが大事。立ち上がるだけでもあり。数分歩くなら1時間に1回とか。
立ったまま作業する、というのもよく聞くけど、あれはあれで別の健康リスクがあるらしい。
ずっと止まったまま、というのがよくないので、ちょっとでもいいから時々動くのがいい、と。

『日経サイエンス 2026年1月号』『Newton 2026年1月号』

日経サイエンス 2026年1月号

アボカドはミカン農家を救えるか 産地と企業の生き残り戦略 久保田啓介 協力:杉浦俊彦

地球温暖化に対して、温暖化を緩和する方向だけでなく、温暖化は不可避とみてそれに適応していく、ということも近年は考えられている、と
で、この記事はタイトル通り、アボカドとミカンの話なのだが、日本において、ミカン農業の適地が温暖化によってアボカドの適地に移り変わってしまう、という予測があり、ミカン農家の中には、アボカド栽培を始めているところがある、と。
もちろん、そう簡単にミカンをアボカドに入れ替えられるわけではない。
温暖化するといっても、暖かくなったり寒くなったりを繰り返すが、アボカドは寒さに弱いので、全部一気にアボカドに変えられるわけではない
樹木は、育てるのに時間がかかるし、一度育つと10~20年作物がとれるのでやはり突然変えられるわけではない。
農業の適応としては、アボカドとミカンのように農作物自体を入れ替える方法と、農作物を温暖化に対応するように品種改良を目指す方法とがある
米なんかは後者を目指す。前者としては、リンゴからモモへ、とかもあるらしい

温暖化対策の見えざる壁 「適応格差」とは何か? 内田真輔
  • コメ農家の話から

筆者はコメの収量変化の分析をする中で、農家の年齢によって違いがあることに気づく。
高齢農家は、温暖化への対応ができていない。引退間近なので新しい機械を購入しようと思わないとか、経験豊富であるが故に既存の農法にこだわるなど

  • 温暖化への適応の格差について
    • エアコン

熱中症予防にはエアコンが必須になってくるが、エアコンを使えるかどうかは経済的な面も大きい。経済格差が、適応格差につながる。
(逆に温暖化が進むと、先進国と途上国の間の格差が広がる、という研究もあるらしい)

    • 天気予報

実は重要。予報が1~2℃外れただけで死亡率が大きく上昇するというデータがあったりする。

    • 制度

農家の損失を補填する制度は、モラルハザードになりがち。温暖化対策している方が補償率を高くするなど制度設計をすべき、とか。
ほかに、リスク認知の話とリスク・コミュニケーションの話とか
また、緑地があると冷却効果があり、それによる経済効果が、緑地メンテナンスのコストを上回る、という試算があるらしい。一方、貧しい地域の方が緑地が少ないという格差がここにも。

げっぷするブラックホール  Y. センデス

ブラックホールが恒星を飲み込む(潮汐破壊)と、降着円盤ができる
降着円盤ができるときフレアが発生する
しばらくすると、それも落ち着く
のだが、電波が発生しなくなった数年後に、再び電波を発生するという現象が観測される(これを「げっぷ」に喩えている)。

短期集中連載 定説が覆るとき 科学研究 逆転の構図  C. C. マン

パラダイム・シフトの話
短期集中連載ということで、1回目の今号では総説として、どんな事例があるかがばーっと例示されている。
マイケルソン・モーリーの実験とか、パスツールの微生物の発見とか

  • 古い考えも残る

180度完全に転換するわけではない。
量子力学では、S行列理論というのがあったが、場の量子論に取って代わられた。しかし、S行列理論は完全に消えたわけではなく、超ひも理論につながった、とか。
パーセプトロンは一時期流行した後、ミンスキーによる指摘で急速に冷めたが、しかし、後にディープラーニングにつながったとか。

  • 新旧対立ではなく新新対立

対立は、必ずしも古いものと新しいものとの間で起きるわけではない。
ある感染症で、瘴気じゃなくて原生動物が感染源だという主張に対して、最も強く反対したのは瘴気説の立場じゃなくて、細菌こそが病原体だと考えるパスツールの弟子だった、とか

  • 政治と科学の間での影響関係

アメリカの西部開拓において、あそこは砂漠地帯で不毛な地だという科学者の主張に対して、開拓を進めようと反論する立場と。ただ、砂漠だという科学者の主張も間違っていて、ずっと乾燥しているわけでなくて、不定期に雨も降るとかなんとか。
それから、マンモグラフィーを巡るあれこれ。学会声明の変化。

SCOPE 水素に育まれた地下生態系

JAMSTECが、諏訪湖の地下から発見。地下水や温泉水を調査して、メタンや水素をエネルギー源にしている微生物を発見、と。

ADVANCES
  • 海水淡水化は深海で

海水をどうやって淡水にするか。装置に海水をぶちこむのに深海の水圧を使う。
今用いられている淡水化技術より安いらしいが、どうやって深海から汲み上げるのかとか、深海生態系への影響はないのかとかは、まだ未知数

  • 自滅する惑星

中心星のフレアを誘発する惑星があるらしい
惑星の自転と中心星のフレアが同期しているところから発見。

Newton 2026年1月号

転生した建築たち 監修 五十嵐太郎 執筆 加藤まどみ

建築物の用途変更は「コンバージョン」と「リノベーション」とは区別される、とのこと
例えば、火力発電所を美術館にしたテートモダンとか。
オルセー美術館って、元は駅舎か。
ニューヨーク、空港のフライトセンターをホテルにした例
ニューヨーク、かつての鉄道高架を緑地化したハイライン
ウィーンではガスタンクを商業施設にした例や、ナチスの高射砲施設だったものを水族館にした例
ドレスデンの兵器庫を軍事史博物館にしたもの。これは、変更そのものは意外感ないけど、石造りの建物に鉄骨の構造物がつけられていて、独特の外観
マーストリヒトは、元教会の本屋。すごく天井が高い本屋になっている
上海には、屠殺場を商業施設にしたものが。
日本では、旧奈良監獄というパノプティコン的な奴が2026年にホテルになるらしい。

常識破りのブラックホール 監修 本間希樹 執筆 中野太

ブラックホールというのは特異点があるけれど、この宇宙に特異点があるのはおかしいと考える研究者によって、ブラックホールのような見た目だけどブラックホールではない天体というのが考えられているらしい。以下はすべて仮説上の存在
ボソン星
グラバスター:ダークエネルギーでできていう
ネスター:入れ子になったグラバスター
ファズボール:超ひもによるブラックホール

火星 最新ギャラリー 監修 関根康人 執筆 岡本典明

主にマーズ・リコネッサンス・オービターが撮影した火星の地形の写真を中心にしつつ、火星の地層の写真や、オポチュニティの自撮りとか現在最も古株のマーズ・オデッセイによる画像とか
見てて一番印象に残ったというか、いわれてみれば確かにそういうのもあるかと思ったのが、火星から見た日食。フォボスによる食とダイモスによる食がある。

エネルギーとは何か 監修 村山 斉 執筆 小谷太郎

仕事とエネルギーの話から始まってダークエネルギーまで
流し読みして、目がとまったところだけ
エネルギー保存則の発見は遅く、19世紀まで待つことになる。
発見者はマイヤーだが、このマイヤーの論文、実は支離滅裂なものだったという。熱帯で瀉血すると血がより赤くなっているというのを発見し、そこから熱と運動の関係について考察し、エネルギー保存則にたどりついている。
まず、熱帯で血が赤くなるという観察自体が間違いだし、そこからの論理展開も間違っているのに、エネルギー保存則だけ正しく導けていたとかで。
当時も論文の掲載には至っていない。数年後、ジュールがより論理的で整然とした論文を発表している。
マイヤーは自分の方が先に発見したと主張したが、精神的に参っていた時期でその後、自殺未遂にまで至る。
後々、エネルギー保存則の発見者として再評価されるのだが、その頃にはすでに科学への情熱を失っていたという。
ジュールは知っていたけれど、このマイヤーっていう人のこと知らなかった。

柴田崇「サイボーグの「原型」 : “ extension”の系譜学に基づくJ・D・バナールの読解」

サイボーグ論・サイボーグ言説の「原型」を、J・D・バナールに見いだすという論文
http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/2984/1/06%e6%9f%b4%e7%94%b0%e5%85%88%e7%94%9f.pdf


以前、鈴木貴之『人工知能の哲学入門』 - logical cypher scape2を読んだが、その本の姉妹版として『人工知能とどうつきあうか』という論文集があり、柴田はその中の著者の1人
専門は、reseachmapによれば技術思想史やメディア論など
『サイボーグ』という著作があり、そこでアンディ・クラークの『生まれながらのサイボーグ』を検討しているみたいなので、それが気になったのだが、ほかにネット上で何か読めるかなと思って目についたのが、この論文
ネット上で読める論文、ほかにもいろいろあるのだが、J・D・バナールが気になったのでこれを読んでみることにした。
『サイボーグ』の目次を見る限りでは、それの第1章と内容的には重複していそうな気配。


バナールもクラークも気になってはいるが、ちょいと重いんだよなあ、とも思ってなかなか読めていないので、解説本的に読めたらいいなと期待しつつ手に取った。
で、読んでみたらかなり面白かった。
バナールについては以前フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2でも読んだが、また大分違う感じ。


サイボーグ論の系譜を読み解くにはextensionがキーワード
しかし、extensionは3つの意味で使われているから注意が必要
というところから、特にサイボーグに関わる「拡張」という意味でのextensionに注目してバナールの言説が、サイボーグ論の「原型」であることを検討する。
最後に、バナール以後の言説を2つ紹介する
という構成になっている

一、エンハンスメント論の一部としてのサイボーグ論

「サイボーグ」という語は、1960年、「宇宙航行の心理・生理学的側面についてのシンポジウム」におけるN.クライン(精神薬理学)とM.クラインズ(サイバネティクス研究)の共著論文の中で誕生。クラインズが発案者だと明記されている。
宇宙空間での精神活動を正常に保つために、身体機能の恒常性を維持する必要があり、そのために、身体と人工装置を接続するという考え


で、エンハンスメント論との親和性が高いよ、という話から、エンハンスメント論の最右翼である「超人主義者」について
第一世代:I・メチニコフ
第二世代:J・ハクスリーら
第三世代:カーツワイル、モア、ストックら
メチニコフという人の説明を読んで、なんか聞いたことある話だなと思ったけど、『現代思想2025年1月号 特集=ロスト・セオリー 絶滅した思想』 - logical cypher scape2に出てきたブトマイン説だ
トランスヒューマニズムとハクスリーの関係は知ってたけど、さらに遡るのは知らなかった。
さて、本論では、1923年から1931年にかけて刊行された『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズに着目する
このシリーズの執筆陣には、J・B・S・ホールデンが筆頭として、バナールもいる。『宇宙・肉体・悪魔』がこのシリーズの中の一冊として書かれている。
ホールデンについてはまたあとにも出てくるが、バナールも影響を受けたし、現代の超人主義者たちも影響を受けたと公言しているらしい。
遺伝学の人という認識だったが、そういう影響力を持っていた人だとは知らなかった。

二、extension の系譜学

extensionには、「延長」「拡張」「外化」の3つの意味がある
(1)延長
道具によって身体を延長する、という議論
メルロ=ポンティやM.ポランニー、BMIなどのインターフェースの議論
デカルト心身二元論が基調にある。デカルト的身体=延長の境界をどこに引くかという議論
J.J.ギブソンやA.クラークも


(2)拡張
本来の機能が拡張される、という議論
機能の「代行substitution」や「置き換えreplacement」あるいは「増強enhancement」「増大augmentation」「増幅amplification」とも言い換えられる。
「拡張」議論の「起源」(の一つ)として、プラトンパイドロス』がある
文字による記憶の「代行」や「増強」に対して、文字に依存して人の記憶力が「衰退」するという反論がセットでなされてきたが、時代を経るにつれて、次第に前者のみが強調されるようになっていく。


(3)外化
人工物によって身体の機能が可視化されるという議論
射影projectionの語が使われることもある
ベルナールやダゴニェなど、医学と関連


一つの人工物を以上3つの観点から記述することが可能
例えば義足は、「延長」としても「拡張」としても「外化」としても捉えることができる
ただ、大抵のテクストは、いずれかの意味で使われていることが多い
概念に自覚的な著者によって書かれたテクストは、先行思想も意識しており、3つの概念それぞれの系譜が描ける。

三、サイボーグ論の「原型」;バナールの未来予測

フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2だと、バナールがノルマンディ上陸作戦にかかわっていたあたりがフィーチャーされているのだが、こちらの論文でのバナールの略歴でそのあたりの言及はなかった。

  • バナールの議論にみられる3つの構成要素

バナールにとって人類の進化とは精神活動の最大化
(1)生物的な器官・組織を人工物に「置き換え」る。特に外科的に移植する恒常的なもの
(2)人為的な進化論という一種の進化論
(3)人間の知力に対する信頼(人工物が人間を裏切ることを想定していない)
バナールって「群体脳」とか考えていたのかー

バナールには、プラトンにみられた「衰退」の議論が一切ない
「衰退」というのは、人工物(プラトンにおける文字)が機能停止した場合の懸念
バナールは人工物を外科的に移植して恒常的に付着させること(「サイボーグ」)で、この懸念を払拭しようとしている

  • クラインズとの比較

クラインズには(1)の要素はあるが(2)(3)の要素はない。
クラインズの議論は「治療」の範囲をでないもので、現代の視点からみると抑制的に見える。それは、ネガティブ・フィードバックで恒常性を維持する、サイバネティクスの議論から出ているから。
恒常性の破れを出発点とする進化の観点が、サイバネティクスやクラインズにはない、と。
注釈みて、へーっと思ったのは、ポジティブ・フィードバック概念は、M・ マルヤマ (丸山孫郎)による1963年の論文で初めて定式化されたという話。そんな日本人研究者がいたのか
さて、本論はこの点から、クラインズは「サイボーグ」という言葉の発案者ではあるけれど、サイボーグ思想としては傍流であり、サイボーグ論の「原型」ではない、としている

『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズから刊行された、ホールデンによる『ダイダロス』という未来予想の本がある。
バナールはこれの影響を強く受けている
H.G.ウェルズ『来るべき世界』やオルダス・ハクスリーすばらしい新世界』も、『ダイダロス』から影響を受けた作品、とのこと
(ちなみに、ホールデンWikipedia記事を見ると、ホールデンとオルダスとは「幼少期からの親友」らしい)
ホールデンは、遺伝学的な改造の話しかしていない。
バナールは、遺伝的な改造をまず皮切りとして、そこから人工物を外科的に移植する改造へと進む、と論じた。
だから、ホールデンはすごく影響力大きいけれど、「サイボーグ」論の「原型」ではない、と。

四、サイボーグ論の正統

バナール以降のサイボーグ論として、SF作家アーサー・C・クラークサイバネティクス研究者K・ウォーリックの2例を紹介
いずれも、バナールから(1)(2)を引き継ぎつつ、バナールのように人間の知力にはもはや信頼が置けないという点で、バナールとは異なる。

アンドレイ・サプコフスキ『ウィッチャー短編集1 最後の願い』『ウィッチャー短編集2 運命の剣』(川野靖子・訳)

年末年始は、ウィッチャー短編集をずっと読んでいた。
ウィッチャーは、ビデオゲームやドラマとして人気のファンタジー作品のシリーズで、遅ればせながら自分も去年の終わり頃からドラマを見始めた。
『ウィッチャー』シーズン1 - プリズムの煌めきの向こう側へ
で、今結構ハマっていて、原作小説にも手を出し始めたところ。
ゲースロは結局原作読んでいないんだけど、こっちは何で読むことにしたかというと、本編が全5巻ですでに完結しているというのが大きい。ファンタジーもので、このサイズでちゃんと完結しているの、珍しくない?


外枠の話からすると
元々はポーランドの作品
原作の一番最初の短編が雑誌掲載されたのが1986年なので、実は元をたどると相当古い作品
1994年に長編1作目が刊行され、1999年にいったん完結している(その後、スピンオフは出ているわけだが)。
その後、どういう経緯を辿ったのか正確にはよくわからないが、Wikipediaを見ると、2000年代にポーランドで映画化・ドラマ化・ゲーム化されているので、ポーランド国内で人気の小説だったのかな、と思われる。
2015年に、ゲーム『ウィッチャー3』が出ていて、どうもこれが国際的にヒットしたっぽい(3からプレステやスイッチでも出てる)。
2017年に、Netflixでドラマ化が決定。
現在、シーズン4までが配信中。すでにシーズン5の制作が決定しており、それでドラマ版も完結する予定らしい。
今回読んだ短編集は、作中の時系列的にも実際に書かれた時期的にも最初にあたるらしい(ただし、邦訳が出たのは2021年、22年頃)
ドラマのシーズン1とも対応している作品が複数あり、ドラマの復習という感じで見れたが、実は結構ドラマとの差異もあった。
本記事では、ドラマ版との違いに着目しながら感想を書いていく。


すでにドラマ版の映像を見ているので、その点、風景などは頭に思い浮かべやすかったが、文章自体も結構映像的というか、分かりやすい文章だなと思う。
ゲラルトとイェネファーの関係というか、お互いどう思っているのかとか感情の動きとかは、ドラマより小説の方が断然わかりやすかった。
小説の方が内面が直接書かれやすいから、というのもあるが、物語の展開としても無理がなかったというか、ドラマだとベッドシーンへの突入がわりと唐突だなと思ったところがあったのだが、原作だとそうではなかった。
ドラマ版の改変がすべて悪いとはいわないが、ドラマ版の方がわかりにくいのは確かである(構成上、シーズン1は時系列が3つ同時並行で走るというわかりにくさもあるし)


全体的な話として
ウィッチャーというのは、witch+erで日本語訳すると魔法剣士となるが、ドラマ版だと魔法使っている要素があまりなかった気がする。
原作だと「~の印」というのを頻繁に使っており、確かに魔法要素があるのだ、とわかった。なお、簡易的な魔法らしく、魔法使いのそれとは全然違う、という言及もある。
ウィッチャーは、霊薬を飲んで戦闘モードになるのだけど、そのあたりの描写もわかりやすい(ドラマでも薬飲んで目が変わるので、その点はドラマもわかりやすいが)。
また、ゲラルトは首から狼のメダルを提げているが、これはウィッチャーであることの証であると同時に魔法センサーとなっていて、魔法の気配を感じると震えるようになっている。
あと、これはドラマでも今後描かれていくことになるんだろうなあと思うし、自分が見ている範囲でもすでにドラマ内でも描写はあるのだけれど、この世界は人間以外にも「知的種族」がたくさんいて、しかし彼らは基本的にマイノリティなので、差別・迫害されている状況というのが、よりわかりやすかった。
エルフ、ドワーフ、シルヴァン、ハーフリング、人魚、半魚人、ドップラー(擬態魔・取り替え子)、木の精といった種族がいる(ドラマのシーズン1でもハーフリング、人魚、半魚人以外は既に登場しているが)。
それから、ゲラルトが度々「この世界で何かが終わろうとしている」という旨の発言をしていて、要は、上に上げたような人間以外の種族の時代の終わり、というようなことが想定されているみたい。まあ、これはファンタジーによくある背景設定のような気はする。
あと、世界観は典型的な中世ヨーロッパ風だと思うし、技術レベルについても中世っぽい。銃火器とかもなさそうなんだが、その一方で、変異や遺伝といった言葉が出てくる。まあここらへんの言葉は、必ずしもメンデル遺伝やダーウィン進化などわからなくても成立しそうな感じなのでまあいいとして、ウイルスという言葉が出てきたのには驚いた。これになんかSF的な意味があるのかなんなのかは正直よくわからない。

短編集1

この短編集は6つの短編に加えて、短編と短編の間に挿入されているパート(「理性の声」)がある。

ウィッチャー

これは、ドラマシリーズではシーズン1の3話にもあったストリガ編の話に相当する。
ドラマでは、ストリガの正体が、王とその妹との近親相姦によって生まれた子であるということが最初のうちは隠されていて、ゲラルトが、女魔法使いのトリスと協力しながらその謎を解いていく、というプロットになっていた。
一方、原作では、冒頭にゲラルトが訪れた先の城主がその正体についてはペラペラ喋ってしまう。
王は、呪いを解いてほしいというお触れを出しているが、王に仕えている城主はそれが無理難題であるとわかっていて、事故だったと言い訳して殺してしまってほしい、とウィッチャーに秘密裏に頼んでいる。ただ、王はそのことも知った上で、ゲラルトに呪いを解くことを改めて依頼する。
全体の流れからすると、トリスが原作ではここで登場していない、というのが大きな差異かなと思う(ドラマ版では、トリスとゲラルトの出会いとして描かれるエピソードなので)。
ドラマ版では、宮廷の隠されたスキャンダルを暴くというプロットだったのが、原作ではそのスキャンダル自体は周知の事実となっているので「え?」となるのだが(逆に原作を先に読んでいると「知っとるわ」となるんだろうけど)、そのあたりは、あまり大きな違いではないかな、とも思った。

一粒の真実

ドラマ版ではシーズン2第1話に出てくる話にでてくる、ブルクサという吸血鬼の話
呪いをかけられて、イノシシのような見た目になった男が出てくる。見た目は怪物的だが、人間としての理性を保っており、ゲラルトのことを歓待する。
原作とドラマ版とで、エピソード内容やプロットはほぼ同じ(冒頭でブルクサが襲っている相手がやや異なるが)
しかし、物語全体での時系列上の位置づけなどが大きく違う。
原作では、ゲラルトと呪いをかけられた男は初対面だし、ゲラルトは一人で訪れている。
ドラマ版では、ゲラルトとシリが合流し、ケィア・モルヘンへ向かう途中の話となっており、ゲラルトと呪いをかけられている男とは旧知の仲という設定になっている
それ結構大きな違いじゃん、という感じもするのだが、読んでみると受ける印象はほとんど変わらない。
シリーズ構成の際に、どのエピソードをどこにもっていくかのパズルがなされたんだろうなあ

小さな悪

ドラマ版では、シーズン1の第1話にでてくる、ストレゴボルとレンフリの話に相当する。
ゲラルトは、ウィッチャーという怪物を殺す生業をしているが、ウィッチャーには職業倫理が色々あって、怪物を殺す依頼は受けるが人を殺す依頼は受けない、というのがある。
なお、人は殺さないと言っている時もあるのだが、相手から喧嘩をふっかけられた時とかは殺している。別のエピソードでキャランセに対して、ウィッチャーは暗殺者ではない、と言っているので、殺しの依頼は受けないということだろう(知的種族は殺さないとか、怪物でも害をなさないものは殺さないとかもある)。
で、このエピソードは、ゲラルトが「ブラビケンの殺し屋」と渾名されるきっかけになった話でもある(あ、でも、この「殺し屋」はブッチャーの訳だから、殺しの依頼を受けたかどうかはあんまり関係ないのか)。
おおよその流れ・内容はドラマ版と原作とで同じだが、原作の方が丁寧に描かれていたように思う。というか、「ウィッチャー」や「一粒の真実」と比べて「小さな悪」の方がページ数は長くなっていたと思うのだが、ドラマ化された際の尺は同じくらいだったのでは、と思うので。
ゲラルトとレンフリがベッドインするシーンがあるのだが、正直、ドラマ版だとそこの理由がよく分からなかった。原作読むと、まあレンフリ側の欺瞞作戦のようなものだったんかな、というのがわかった。ドラマも注意深く見ればわかったかもしれないが、後半はやや駆け足だったような気がする。
この話を1話に持ってきた意味もわかるのだが(「悪は悪だ」っていうゲラルトの台詞はかっこいい)、結構わかりにくいよな、とも。
ストレゴボルについても、ドラマ版でもある程度進むと、胡散臭さがはっきりしてくるし、原作だと、ゲラルトがめちゃくちゃ悪し様に言ってて、ストレゴボルが少なくともいい奴ではないということがはっきりわかるのだが、ただ、ドラマは第1話時点なので、視聴者的にはどう評価すればいいのか分からないところがある。
もっとも、ストレゴボルとレンフリ、どっちの言い分を聞いても、何らかの悪に加担せざるをえなくなるっちゅう話だから、ストレゴボルがどういう奴なのか視聴者的にはよくわからない状態で出てくるというのは正しいといえば正しい。ただ、視聴者・読者に対して認知的負荷が高いのはドラマ版の方だな、と思う。
ストレゴボルは極端な例だと思うが、ウィッチャーと魔法使いは基本的には価値観が相容れない存在っぽい(もっともトリスはゲラルトに限らずウィッチャーと親しい感じだったりするし、例外は色々あるんだろうけど)。逆に、魔法を使う、長命、子をなすことができないという点で共通点は多い。
ドラマ版では、キキモラとゲラルトの戦闘シーンがアヴァンにあったが、小説にはこのシーンはなく、ゲラルトがキキモラの死骸をぶらさげて町にやってくるシーンから始まる。
なお、『ウィッチャー』は童話・おとぎ話要素を絡めてくることがあるのだけど、本作は、レンフリ周りのエピソードに白雪姫要素がある。「一粒の真実」は美女と野獣で、〈驚きの法〉もなんか元ネタがあるらしい

値段の問題

ドラマ版でのシーズン1エピソード4に相当する話。
〈驚きの法〉により、ゲラルトとシリの運命が結びつくことになるエピソード
キャランセはやっぱかっこいい女帝キャラだよなあ
娘パヴェッタからすると強権的な母親なんだろうけど、娘パヴェッタの件にしろ孫娘シリの件にしろ、彼女らにたいする愛情故に運命に抗ってみせようとするんだろうし、その一方で、王としての公正さも意識している、と。
ゲラルトとマウスサックが出会う話でもあり、初対面ながらなんかアイコンタクトでマウスサックが色々伝えようとしていたりする。
ドラマ版では、吟遊詩人のヤスキエル=ダンディリオンがでてくるが、原作では出てこない。

世界の果て

ドラマ版でシリーズ1エピソード2に相当するが、これは、ドラマ版と原作とで結構印象が異なる。
シルヴァン族のトルクが困窮するエルフを助けており、そこにゲラルトとヤスキエル=ダンディリオンが関わっていくというところは同じなのだが
ところで、『ウィッチャー』シーズン1 - プリズムの煌めきの向こう側へでは「トルクという種族」と書いてしまったが、種族名はシルヴァンで、トルクは人名だった。
原作では、ゲラルトにデベル(悪魔、シルヴァンのトルクのこと)をどうにかしてほしいという村に、謎の古い本と少女がいるというところが違う。
エルフたちは、ゲラルトからの説得には耳を貸さなかったが、〈野辺の女王〉とか〈永遠なる者〉とかこの少女のことを呼び、この少女の姿を見てこの地を去ることを承諾する。


吟遊詩人の名前が、原作とドラマとで異なることはちょっとググればあちことに書かれているが、一応ここでも補足しておくと、ヤスキエルはポーランド語版(つまり原作)での名前で、ダンディリオンは英訳時の名前。ドラマ版ではポーランド語版の名前をそのまま使っているのに対して、この原作小説の日本語訳版はダンディリオン表記となっている。訳者あとがきなどでは底本が示されていないのだが、翻訳者の略歴では英米文学翻訳家とあるので、英訳からの重訳なのだと思われる。


ところで、ダンディリオンとゲラルトは友人同士なのだが、ドラマ版だとゲラルトは結構ヤスキエルへの態度がつれないのに対して、原作だと結構ダンディリオンのことを友人として大事にしている感じがある。

最後の願い

これはドラマ版のシーズン1エピソード5のジンの話にあたる
ゲラルトとイェネファーとの出会いの話でもある。
ダンディリオンを助けてもらうために魔法使い(イェネファー)のいる町に訪れる。イェネファーに惚れてるエルフとかいる。魔法かけられて、町の有力者を嘲るような行為を無意識にさせられて投獄されたりする。
ジンが願いをきいているのはダンディリオンではなくてゲラルトで、ゲラルトが何かを願う
それは、ゲラルトとイェネファーを運命づけるもの

理性の声

上述したとおり、これは、各短編のあいまあいまに挿入されている
作品世界内の時系列としては「ウィッチャー」の後になる。ストリガとの戦いのあと、ゲラルトがメリテレ寺院に休息のため訪れているという話で、途中、ダンディリオンともここで再会し「世界の果て」や「最後の願い」はダンディリオンの回想であるという体をとっている。
ドラマ版には対応するエピソードなし
メリテレ寺院がある地域の領主や騎士たちは、ウィッチャーを好ましく思っておらず追い出そうとするが、メリテレ寺院の巫女であるネンネケはゲラルトは自分の客だと譲らない。
一方、ネンネケはゲラルトに対して、イオラという少女を通してトランスという何かをしようとする。

短編集2

可能性の限界

ドラマ版シーズン1エピソード6の竜退治の話
これもまあ、大雑把には同じだが、違うところも色々あった気がする
竜退治の名目が違ったような。原作は、王自らが退治に出向いている。
竜の正体とかは同じなので、どちらかを先に見ていると、まあそこは知ってる、となるが。
タイトルになっている「可能性の限界」は、作中では、ドラゴンとはどういう生き物かという話の中に出てくるが、生殖可能性の話をしていて、魔法使いになることで不妊となってしまったイェネファー、ウィッチャーになったことでやはり不妊のゲラルトの2人のことも指している。

ドラゴンは人類の天敵であり、ほかの怪物とは異なるというイェネファーの論
一方、同行する別の魔法使いは、ドラゴンが人類の天敵であることには同意しつつ、だから人類は滅ぶべし、という持論
ウィッチャーは怪物は倒すけどドラゴンには手を出さない
一方、ドラゴンを狩ることを生業にしている人たちもいる。彼らはウィッチャーと棲み分けしているので、ゲラルトが同行することについては賛否両論ある。
あと、ドラゴン狩りも、武力で倒す派と毒餌で殺す派がいて、前者が、毒餌で殺す方法が一般化したらたまらん、と思っていたりする。

二つの乳首のバラッドは笑う

氷のかけら

ゲラルト、イェネファー、イストレドの三角関係話。
自分で見てる範囲では、ドラマ版に対応した話なし(シーズン2エピソード4で、ゲラルトとイストレドが初対面っぽかったので、おそらくドラマ版ではこのエピソードはなかったことになっていると思われる)。
イストレドが遺跡発掘に従事しているという部分については、ドラマ版でも出てくる。
ドラマ版を見ていると、イストレドはイェネファーの最初の男なわけだけど、原作で読むとポッと出の男にも見えてしまう(長い付き合いであることの説明はあるがここまでその描写があったわけではないので)。
イェネファーを巡り、俺はこんな愛称で呼んでるぞ、俺は昨日寝たぞ、とかそういうイキりあいをしてヒートアップしていき、決闘を申し込むところまでいく。二人の普段とはだいぶ違う面が見れる話になっている。
結局、決闘のことに気づいたイェネファーが、どちらも選べないわ的なメッセージを残して去ってしまい、意気消沈して自殺しようとするイストレドをゲラルトが止める。
タイトルの「氷のかけら」は、童話「雪の女王」から。

永遠の炎

これはかなりコミカルな雰囲気で描かれていて、殺し合いとかはないんだけれども、この作品世界におけるマイノリティのあり方についてを示す作品にもなっている。
ゲラルトがノヴィグラドに訪れる。ここは都会でウィッチャーの仕事はないんだけど、服を新調しに来た、と。で、ダンディリオンと再会し、さらに、ハーフリングの商人とも出会う。
このハーフリングの商人がトラブルに巻き込まれているんだけど、それが擬態魔(ゲラルトは擬態魔と呼ぶけど、種族の自称としてはドップラー)によるものだとわかる
ハーフリングやドワーフも人間とは異なる種族で、ちょっと人間からは下に見られているところもあるけれど、人間社会と共存して(あるいは同化して)いっている(エルフとは異なる生き方をしている)。
ドップラーは、そもそも本当にそんな奴が存在するの?ってレベルでしか認知されていないのだが、実はかなり強かに人間社会の中に溶け込んでいたのだ、という話になっている。
ドップラーは、化けた相手の何もかもをコピーできるのだが、商才については、ハーフリングの商人よりもさらに上、という感じだった。先物取引で勝ちまくる。
ノヴィグラドで強権的に振る舞う宗教警察長官みたいな人が、実はあるときからドップラーに入れ替わっていた、というオチが痛快な作品
タイトルの「永遠の炎」というのは、ノヴィグラドで信仰されいている宗教が祀っている炎のこと
この話もドラマ版に対応した話はないが、ドップラーはシーズン1に登場している。ただ、性格や雰囲気などはまるで違う

小さな犠牲

やはりドラマにはない作品
海辺の町にやってきたゲラルトは、なんと大公と人魚との間の通訳をやらされている。
二人は種族の違いを超えて愛し合っているのだが、大公は人魚に対して尾鰭を捨てて人間になってほしいと思っているし、人魚は大公に対して脚を捨てて人魚になってほしいと思っている。人魚はこのことを愛のために小さな犠牲を払うのは当然、と言い放つ。
まあ、この話し合いは決裂してしまい、ゲラルトは大公から報酬をもらい損ねる
同行していたダンディリオンが、結婚披露宴の出演依頼を受けるのだが、その宴会にはもともと別の吟遊詩人が招待されており、ダンディリオンはサブ扱いに憤懣やるかたないが、もう二人の路銀は尽きており受けることになる。
で、その別の吟遊詩人エシは、実はダンディリオンの知り合い。互いに相手のことをかなり痛烈に論評するのだが、ダンディリオン曰く、妹のような存在ということで、かなり親しい間柄でもあるよう。
で、エシはゲラルトに一目惚れし、ゲラルトもエシを意識するようになる。
ところで、先ほどの大公から再びゲラルトに依頼がある。真珠をとりにいった船が何者かに襲撃されたのだ、と。
ゲラルトとダンディリオンは現場へと向かう。
海辺の出身であるエシが、潮の満ち引きについて教えるというアシスト。
現場では、干潮になると階段のような海底地形があらわれ、潮が満ち始めるとそこから半魚人が現れる。水中ではさすがのゲラルトにも分が悪く、そもそも怪物ではなく知的種族だということで、ゲラルトはこの依頼にも応えることはできずに終わる。
ゲラルト的には、あそこには手を出さない方がいいと大公に伝えるのだが、大公の方は、必ず征服してみせるとすごむ。
ところで、エシから、海のほうが怪物が多いはずなのにウィッチャーが海の怪物に詳しくないのはなぜ、と聞かれて、人類の進出は陸からだったからだと答えている。
この話の本題は、ゲラルトが、エシを意識しつつも、やっぱりイェネファーのことを思い続けているところで、エシから好意を向けられることに困惑し、イェネファーもこんな風に思ってたのかーとなったりする。
で、業を煮やしたダンディリオンが、とっととお前らちゃんと話し合って一発やれや、みたいなことを言い放ち、二人は互いに話しあう。やることはやったっぽいが、エシは納得してゲラルトと別れる。

運命の剣

木の精の森であるブロキロンで、ゲラルトとシリが邂逅する話
この話の、シリがブロキロンに迷い込み、ブロキロンの水を口にするも、それによる洗脳効果は生じず、森から出してもらえるという展開自体は、ドラマ版にもある。しかし、時系列が全く異なる。
原作では、シリが政略結婚のため他の国へ行くが、結婚相手の顔を見て逃げ出し、その過程でブロキロンに迷い込んでいる。シリを追ってきた衛兵たちもまた迷い込んでしまう。
ドラマ版は、シントラ王国陥落後、追っ手から逃げるシリがエルフの少年とともにブロキロンに迷い込んでしまう。
ドラマ版では、ブロキロンの人々がどういう存在なのか微妙によくわからないままだった。
木の精は森とともに生きる種族で、女性しかいない。人間の男から精を奪って生殖するか、人間の少女を洗脳して木の精にする(人間たちは、木の精がさらっていくという言い伝えにしているが、実際は、障害や病弱な少女が人減らしのために捨てられていくっぽい)。
滅びの瀬戸際にさらされている。
なお、ブロキロンの森以外にも木の精がいる森はあるらしく、人間との平和協定が結ばれているところもあるようだが、ブロキロンは人間との徹底抗戦を掲げている。
ブロキロンの長があいつら領土を侵害しているというと、ゲラルトがどこそことどこそことどこそこだろ、と返す。今あげた場所は全部ブロキロンだとの反論に対して、もう100年も前のことだろと返す。まあ、そういう、先住民族と植民者の関係という感じ。
ドラマ版では、シリってシントラ陥落までほとんどゲラルトのことも自分が運命の子であることも知らなかったような気がするので、これを読んで、「え、それ以前に会ったことあったの?!」と驚いた。
この時点ではゲラルトはシリを引き取る気がない。シリからは私を連れて行ってと頼まれるがゲラルトは拒む

それ以上のもの

これはおおよそ、ドラマ版でのシーズン1エピソード8(最終話)に相当。7話にいってる部分もちょっとあるかも。
ゲラルトが、馬車がはまって立ち往生している商人を助ける。夜が近くなっていて、怪物がわらわら出てくる。倒すことは倒すんだけど、太もも噛まれて重傷。商人は、命の恩人であるゲラルトを運び出すが、その際、ゲラルトは霊薬とともに幻覚剤も飲む。
というわけで、この話は、怪我でうなされるゲラルトが見た夢と現実を交互に行き来することになるが、この構成はドラマ版と同じ。
この夢の中で、ゲラルトがかつて、約束の6年後にシントラに行っていたことがわかる。
キャランセはゲラルトに対して、あの子供たちの中に運命の子がいるから自分で選んで連れて行くように言う。
キャランセは、ウィッチャーの草の試練について調べたという。ウィッチャーとして育てられた子がみなウィッチャーになれるわけではない。淘汰されていく。ならば、連れて行く時点で誰かをランダムに選ぶんでも同じだろう、と。
キャランセは運命に抗うために色々とあーだこーだ理屈を考えていたんだなあ、と。
ドラマ版では、偽のシリを仕立て上げていたが。
ゲラルトは、自分は運命の子を連れて行くつもりはなく、ただ顔を見たかっただけということと、あの中に運命の子はいないだろうということを言う。あと、この時点でゲラルトは運命の子のことを男の子だと思い込んでいる。そのためわかっていないが、シリ本人を見てはいる。
ところで、「運命の剣」や本作を読んでようやく分かったのだが、ウィッチャーは変異によって自分の子を作れなくなっているので、運命の子をもらうことによって後継者にしている、と。ウィッチャーはどんどん数が減っている、とも言われているし。なので、ゲラルトが〈驚きの法〉で運命の子をもらうことになった時、イコールでその子はウィッチャーになるもの、と周囲には思われたということなのだなあ、と。
そうすると、シリがケィア・モルヘンに行ってウィッチャーの修行し始めたのも自然と理解可能になる。ドラマ版では、あくまでも自分の身を守れるようにするため、という理由だったが。
ゲラルトはキャランセに対して、子どもを連れて行くには運命だけは足りない、それ以上のことが必要なのだ、と述べていて、これが作品タイトルの意味。
ゲラルトが見た夢にはもう一つあって、それが母親の夢
母親が魔法使いであることがわかる。女魔法使いは基本的に魔法の力と引き換えに子どもを生めない体になるのだが、ゲラルト母は違ったらしい、と
また、現実においても、ゲラルトの太ももの怪我を治すために現れて、ゲラルトは母親と再会を果たすことになる。決して感動の再会ではなく、特に母の方が一線を引いたまま去って行く。
ところでゲラルトは商人に対しても〈驚きの法〉を報酬に代えることを述べている。商人は、うちには大きくなった子供しかいない。もう新しく子供生まれることもないよ、というのだが、帰宅すると、商人の妻が戦災難民になっていたシリを養子にしようとしていた。
で、ゲラルトとシリは再会し、ゲラルトはシリが運命以上のものだと捉えて連れて行くことにする。
ドラマ版も助けてくれた男の家に行ってみると、その家に引き取られていたシリと出会うという展開だけど、そこにもう一度〈驚きの法〉が絡むということはなかった。シリの「イェネファーって誰」もドラマ番のみ。原作は結構シリが、会えるって信じてた!みたいなテンションだったかと。


これは原作でもドラマでも何度も示されていることだけど、ウィッチャーは感情がないといわれておりゲラルトも度々そのように自らのことを説明するが、しかし、端から見ていると、感情ないってことはないよね、と。
あんまり感情的にならない、という意味合いで感情がない、とはいえるかもしれないが、文字通りの意味で感情がないわけではなさそう。ただ、世間一般やあるいはウィッチャーたちの自認としては、どうも文字通りの意味でそう主張しているっぽい。
で、まあ、ゲラルトがイェネファーのこと好き好き大好きなのはわかりやすいとして、ゲラルトがシリを「それ以上のもの」として受け入れていく過程とか、あるいは母に対する愛憎入り交じった感情とか、そのあたりの機微については、そりゃあゲラルトも人間ですから明らかにそういう複雑な感情を抱いているものとして描かれてはいるが、ウィッチャーは感情がないことになっているので、明確に言語化はしない。
そういうところにも、この作品の面白さがあるように思う。

『物語の外の虚構へ』リリース!

(追記2023年6月)
sakstyle.hatenadiary.jp

一番手に取りやすい形式ではあるかと思います。
ただ、エゴサをしていて、レイアウトの崩れなどがあるというツイートを見かけています。
これ、発行者がちゃんとメンテナンスしろやって話ではあるのですが、自分の端末では確認できていないのと、現在これを修正するための作業環境を失ってしまったという理由で、未対応です。
ですので、本来、kindle版があってアクセスしやすい、っていう状況を作りたかったのですが、閲覧環境によっては読みにくくなっているかもしれないです。申し訳ないです。

  • pdf版について(BOOTH)

ペーパーバック版と同じレイアウトのpdfです。
固定レイアウトなので電子書籍のメリットのいくつかが失われますが、kindle版のようなレイアウト崩れのリスクはないです。
また、価格はkindle版と同じです。

(追記ここまで)

(追記2022年5月6日)


分析美学、とりわけ描写の哲学について研究されている村山さんに紹介していただきました。
個人出版である本を、このように書評で取り上げていただけてありがたい限りです。
また、選書の基準は人それぞれだと思いますが、1年に1回、1人3冊紹介するという企画で、そのうちの1冊に選んでいただけたこと、大変光栄です。
論集という性格上、とりとめもないところもある本書ですが、『フィルカル』読者から興味を持ってもらえるような形で、簡にして要を得るような紹介文を書いていただけました。


実を言えば(?)国立国会図書館とゲンロン同人誌ライブラリーにも入っていますが、この二つは自分自身で寄贈したもの
こちらの富山大学図書館の方は、どうして所蔵していただけたのか経緯を全く知らず、エゴサしてたらたまたま見つけました。
誰かがリクエストしてくれてそれが通ったのかな、と思うと、これもまた大変ありがたい話です。
富山大学、自分とは縁もゆかりもないので、そういうところにリクエストしてくれるような人がいたこと、また、図書館に入ったことで、そこで新たな読者をえられるかもしれないこと、とても嬉しいです
(縁もゆかりもないと書きましたが、自分が認識していないだけで、自分の知り合いが入れてくれていたとかでも、また嬉しいことです)


(追記ここまで)


シノハラユウキ初の評論集『物語の外の虚構へ』をリリースします!
文学フリマコミケなどのイベント出店は行いませんが、AmazonとBOOTHにて販売します。

画像:難波さん作成

この素晴らしい装丁は、難波優輝さんにしていただきました。
この宣伝用の画像も難波さん作です。

sakstyle.booth.pm

Amazonでは、kindle版とペーパーバック版をお買い上げいただけます。
AmazonKindle Direct Publishingサービスで、日本でも2021年10月からペーパーバック版を発行が可能になったのを利用しました。
BOOTHでは、pdf版のダウンロード販売をしています。

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