スティーブ・ブルサッテ『恐竜の世界史』

恐竜の黎明期から絶滅まで、恐竜がいかに進化し生きてきたのかを描いた恐竜入門。
1984年生まれの筆者自身や筆者の研究仲間による最新の研究成果を交えながら、恐竜の歴史をトータルに見せてくれる。

プロローグ 恐竜化石の大発見時代 
1 恐竜、興る
2 恐竜、台頭する
3 恐竜、のし上がる
4 恐竜と漂流する大陸
5 暴君恐竜
6 恐竜の王者
7 恐竜、栄華を極める
8 恐竜、飛び立つ
9 恐竜、滅びる
エピローグ 恐竜後の世界
謝辞
訳者あとがき
参考文献

1 恐竜、興る

第1章は、筆者がポーランドで、友人の古生物学者であり足跡化石を発見する天才のグジェゴシとともに発掘をしているシーンから始まる。
ペルム紀末の大量絶滅から三畳紀にかけての話、そして、恐竜形類プロロダクティルスの足跡化石について
三畳紀、最初の恐竜が現れた頃
恐竜形類から恐竜類が分岐して「真の恐竜」が誕生したが、筆者は、恐竜形類と恐竜類の違いは曖昧で、この差は言葉の上のもの、人為的なものとして、その境界は重視していない。
とにかくこの時代、恐竜が現れたが、まだ支配者ではなく、他の生き物の方が目立っていた。
第1章は、この時代の恐竜化石が産出している、アルゼンチンのイスチグアラストの話

元々この地域は、1940年代、ローマーが調査をしていて、その後50年代と60年代に地元の研究者による調査もされていて、その時発見されたのはエレラサウルスだったらしい。
が、その後調査は続かず、80年代後半にポール・セレノが改めて調査隊を組織したのが、今に続くという感じらしい。
ポール・セレノ以降の調査地だと思っていたので、ローマーが調査していたと知って驚いた。

2 恐竜、台頭する

三畳紀について
二酸化炭素濃度が高く、またパンゲアという超大陸があったために、温暖化していた。
乾燥地帯が広がり、中緯度地域湿潤地帯があった。
初期の恐竜たちは、そうした湿潤地帯(イスチグアラストや現在のブラジル、インドで化石が発見されている)に生息しており、乾燥地帯には全くいなかった。
湿潤地帯にしても、恐竜以外の生き物の方が多かった
三畳紀後期から、湿潤地帯で恐竜が数を増やしはじめ、乾燥地帯への進出も始める。
ところで、ここで、筆者が学部生時代だった頃に、博士課程の学生でありながら新進気鋭の研究者として活躍し始めていた四人の研究者がいた。本書では「四天王」と称されている。
彼らは、ニューメキシコ州、画家のジョージア・オキーフで知られるゴーストランチ、ヘイデン発掘地と名付けられた場所で発掘調査を行う。
三畳紀後期、恐竜が乾燥地帯に進出し始めると恐竜は即座にその地を征服した、と考えられていた。
ところが、ヘイデン発掘地では、恐竜は発見されたものの、よく出てくるというわけではなかった。
四天王は調査を進め、実はかつてこの時代の恐竜として発見された化石の多くが、恐竜のものではないことを明かした。
三畳紀後期、恐竜と見た目がそっくりの偽鰐類が繫栄していた。
筆者は、三畳紀の恐竜と偽鰐類の多様性を形態的異質性を用いて比較した。
それぞれの種の形態的特徴を列挙して、0か1かでチェックリストを作り、それを元に種間の距離行列を作成し、距離空間というグラフを出力する。
結果は、三畳紀を通じて、偽顎類の方が恐竜より多様性が上回っていた、というものだった

3 恐竜、のし上がる

三畳紀末からジュラ紀にかけて、主に竜脚類の話
三畳紀末、パンゲアの分裂と大噴火により、大絶滅が起きるが、何故か恐竜は生き延びる。
ジュラ紀初期から恐竜の繁栄が始まる。
何が恐竜とそれ以外(例えば偽鰐類)との違いを分けたのは、筆者は分からないという。


スコットランドのスカイ島で竜脚類を探す話。
デュガルド・ロスという人が出てくる。研究者ではないのだが、スカイ島で多くの化石を発見していて、化石だけでなくスカイ島で見つかる遺物などを集めて私設博物館を作っている。


竜脚類ってでかいよねっていうことで、恐竜の体重を推定する方法が2つ紹介されている
1つは、肢骨の太さを測りそこから推定する方法
もう一つは、3次元モデルを作り、コンピュータ上で筋肉や内臓、皮膚をつけて体重を計算する方法。三次元デジタルモデルを作るためには、普通のデジカメで全身骨格をあらゆる方向から撮影すればよい。「写真測量法」という。
竜脚類は、三畳紀、プラテオサウルスなどの竜脚形類が2,3t、ジュラ紀になると10~20tほどになり、プロントサウルスやブラキオサウルスなどの有名どころは30t超え。白亜紀になると、ドレットノータス、パタゴティタン、アルゼンチノサウルスなどおティタノサウルス類が現れ、50tを超える


竜脚類が巨大化するための5つの課題と解決策
1)たくさん食べなければならない
→長い首のおかげ
2)速く成長しなければならない
→まだ体の小さかった祖先の頃から、成長が速かった
3)効率的に呼吸しなければならない
→含気孔のある骨をもち、鳥類式の肺により効率的な呼吸が可能だった
※鳥盤類恐竜は鳥類式の肺を持っていなかったので竜脚類のように巨大化できなかった
4)骨格が強靭でないといけないが、身体がを動かせなくなるほどかさばってもいけない
→気嚢により、強靭でありながらも軽い骨格
5)余分な体熱を発散できないといけない
→気嚢により、体熱を発散させる表面積を確保した

4 恐竜と漂流する大陸

ジュラ紀から白亜紀にかけて
「進歩の行進」を描いたルドルフ・ザリンガーの「爬虫類の時代」で描かれた恐竜たちは、アメリカ西部のモリソン層で発見された。
13の州にまたがる規模で、ジュラ紀の代表的な恐竜が多く発掘されている。
1980年代には、95%という驚異的な保存率のアロサウルス化石「ビッグ・アル」も発見されている
ポール・セレノも学生向けの野外実習地として利用している。


三畳紀からジュラ紀への移行と違い、ジュラ紀から白亜紀への移行は緩やかな変化
「海水準が少し変動した」とか「海が若干寒くなった」とか
竜脚類白亜紀初期に急激に衰退。有名どころがあらかた絶滅したが、ティタノサウルス類という新しいグループがあらわれる
その代わりに、鳥盤類が栄える
剣竜類が絶滅し、それに代わり、鎧竜類が台頭
小型獣脚類が多彩になり、肉食ではない種も


ポール・セレノのアフリカ調査(ニジェールやモロッコ
カルカロドントサウルスの発見
当時のサハラ地域は砂漠ではなく湿地性の密林
カルカロドントサウルス類は、ティラノサウルス類以前の支配者
ジュラ紀後期に登場(アロサウルス類の近縁)
カルカロドントサウルス類の中で最後に進化したのは、南アメリカとアフリカにすんでいたグループで、肉食恐竜としては異例の巨大化(ギガノトサウルス、マプサウルス、カルカロドントサウルスなど)

5 暴君恐竜

5章はティラノサウルス類について、6章がティラノサウルス・レックスについて割かれている。
5章の冒頭は、筆者が友人の呂君昌と共同研究することになる、チエンチョウサウルス・シネンシス(愛称ピノキオ・レックス)の発見時のエピソードと、筆者と呂との出会いなどのエピソードから始まる。
その後、ティラノサウルス・レックスの発見とティラノサウルス類についての話へと進んでいく。

ティラノサウルス類は、ジュラ紀中期に登場している
最古のティラノサウルス類と目されるのは、2010年にシベリアで発見されたキレスクスで、全長2~2.5mほどしかない。
中国では、徐星が、やはりジュラ紀中期の小型ティラノサウルス類「グアンロン」を発見している
白亜紀初頭になると、もう少し大きくなり、エオティラヌス、ジュラタイタラント、ストークソサウルスなど、3~3.5mほどの中型ティラノサウルス類が登場してくる
シノティラヌスは、グアンロンの骨とよく似ているが、全長9m、体重は1tを越えている。シノティラヌスは、レックスの類縁なのか、原始的なティラノサウルスが巨大化したものなのか
徐星が、ユーティラヌスを発見したことで、この問題が答えられるようになる。なんと、3体もの全身骨格が発見されたからだ。
ユーティラヌスは、羽毛の生えた大型のティラノサウルス類ということで有名だが、筆者にとっては、先の問いを解くのに重要であった。
ユーティラヌスとT・レックスの骨には違いがあり、近縁ではなかった。
ティラノサウルス類は、初期の段階で既に大型化が可能だった。同じ地域に他に大型の捕食者がいる場合、ティラノサウルス類は小型~中型にとどまっていた。
白亜紀の中頃というのは、恐竜化石が少ない。
その時期のものとして、近年、ウズベキスタンで産出しはじめている。
筆者は、他の研究者とともに、2016年、ティムルレンギア・エウオティカというティラノサウルス類を記載している。筆者は、ティムルレンギアの脳函をCTにかけており、それによりティラノサウルス類であることが分かったのだが、まだ巨大化はしていなかったが、大きな脳と鋭敏な感覚をもっていたと述べている。
ところで、つい最近、筑波大と北大のチームが、ウズベキスタンでカルカロドントサウルス類の新種を発見しており、プレスリリース内でティムルレンギアに言及している。
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/210908_pr.pdf
もう少し後の時代になると、北米とアジアからカルカロドントサウルス類は消えており、大型ティラノサウルス類の時代が始まるのである。

6 恐竜の王者

続いて、ティラノサウルス・レックスについて
まず、どれだけ強力な肉食動物であったのか、最新の研究をもとに紹介されている。
その話を始める前に注意書きとして、T・レックスは時々「腐肉食者であった」説が流れることがあるが、これはありえないという。例えば、現生の動物でも、腐肉食者として成功しているのはハゲタカくらいであり、他の肉食動物は、腐肉「も」食べるが、決してメインではない。


T・レックスは獲物をその強力なあごで噛み砕く。
顎の筋肉のパワーについて調べたのが、筆者の研究者仲間であるグレッグ・エリクソンだ。
彼は、青銅とアルミニウムでレックスの歯を再現して、模擬実験を実施。1万3400N、1400kg重のパワーがあったことを調べた。
噛み砕くためには、筋肉だけでなく、そのパワーに負けない頭骨の強度が必要である
それを調べたのが、エミリー・レイフィールドだ。
彼女の研究室には化石はなく、ソフトウェアのマニュアルが並んでいる。彼女はコンピュータモデルを用いた有限要素解析による研究を行っている
ほかの獣脚類には見られない、個々の骨同士がしっかりと結合して強靭な構造になっていることを突き止めた。


T・レックスは、実は早く走ることはできない。
時速15~40kmだという。
これは、ジョン・ハッチンソンという動物学者によるコンピュータモデルを用いた研究によって計算された
レックスは、走って獲物を狩るのではなく、待ち伏せによる狩りを行っていた
待ち伏せは瞬間的に体力を消耗する。それを支えるのが、鳥類型の高効率の肺と気嚢だった。


T・レックスの特徴として、あの小さな前肢がある。
何のためにあったのかよく分からないと言われる前肢だが、近年、サラ・バーチが解明している
サラ・バーチは、筆者とは同じポール・セレノ研究室での学友。
彼女は、解剖学的に筋肉を復元していき、レックスの前肢に強力な筋肉が備わっていることを突き止め、獲物を捕まえておくために用いていたとしている


T・レックスの近縁であるアルバートサウルスやタルボサウルスは群れで暮らしていたことが明らかになっており、T・レックスも群れで狩りをしていたと考えられている。


脳函のCTスキャン研究により、脳化指数が高かったことも分かっている。なんと、チンパンジー並み
また、嗅球が大きかったことや、聴覚が優れていたこと、両眼視ができたことも分かっている


巨大なT・レックスも、幼体は小さかった。
骨にある「年輪」から成長速度が非常に速かったことがわかっている。
幼体は素早く走り回れたと考えられる。もしかしたら、待ち伏せ型の成体と群れで狩りをしていたのかもしれない。
筆者の親友であるトーマス・カーは、成長過程を研究し、T・レックスの頭骨が幼体から成体にかけて大きく変わっていくことを明らかにした。幼体はまだ獲物にかみついて引きちぎる、というT・レックス独特の食べ方ができなかったらしい。

7 恐竜、栄華を極める

白亜紀の北米、南米、ヨーロッパの様子について
白亜紀にはとうにパンゲアは分裂しており、大陸ごとに恐竜の種類が異なっていた。ティラノサウルス・レックスがいたのは、北米西部のララミディア大陸で、他の大陸には進出していない

  • 北米

モンタナ州のヘルクリーク地域
ヘルクリークに初めて恐竜を探しに来たのは、T・レックスの発見者でもあるバーナム・ブラウンで、彼は1902年に、同地でT・レックスを発見した。
本章では、筆者の出身地であるイリノイ州にある、バーピー自然史博物館の調査隊によるヘルクリークでの発掘物語が紹介されている。
イリノイ州では恐竜は産出していないが、博物館に新棟を作ることになり、目玉展示のためにモンタナ州のヘルクリークへ調査に出かけたのだという。この時、古生物学芸員は一人しかおらず、その学芸員マイクと彼の友人であり恐竜好きの警察官スコットが調査隊を組織したらしい。なお、スコットは後に警察を辞めて博物館職員になっている。
彼らは、若年期のティラノサウルス(愛称「ジェーン」)を発見する。
その後、さらにトリケラトプスも発見されるのだが、1体ではなく3体発見され、初めてトリケラトプスが群れで生活することが明らかになった。
ヘルクリークにいたのは、ティラノサウルストリケラトプスだけではない。エドモントサウルスなどのハドロサウルス類やパキケファロサウルス、ドロマエオサウルス類やトロオドンなど
角竜類やハドロサウルス類は被子植物を食べるためのあごを発達させていた
小型の獣脚類は、サンショウウオやトカゲ、初期の哺乳類などを食べていた。
状況はアジアでもおおむね同じで、ティラノサウルス類を頂点ととして、ハドロサウルス類、パキケファロサウルス類、ラプトルの仲間、雑食性獣脚類からなる生態系が形成されていた。

  • 南米

一方、ブラジルはゴイアス州
筆者は、ホベルト・カンデイロというゴイアス連邦大学の教授に招かれブラジルに訪れていた。
ヘルクリークでは多く発見されているティラノサウルスも、ブラジルでは皆無
代わりに、カルカロドントサウルス類とアベリサウルス類が頂点に立っている
アベリサウルス類は、カルカロドントサウルス類やティラノサウルス類よりは小ぶりだが、獰猛で、カルノタウルスやマジュンガサウルス、スコルピオヴェナートルなどがいる。なお、前肢が貧弱だったようだ。
また、角竜やパキケファロサウルス類もおらず、一方、北米では既に姿の消した竜脚類がいた。ティタノサウルス類である。
また、中型・小型の獣脚類はいるにはいるが数が少なく、むしろその地位を、ワニ類が占めていた。

  • ヨーロッパ

白亜紀ヨーロッパの恐竜研究をした人物として、ノプシャ男爵がまず紹介されている。
ノプシャ男爵がなんかすごい人であるのはなんとなく知っていたのだが、これを読んで改めて色々と知って、さらに認識が改まった。
ノプシャ男爵は、オーストリア・ハンガリー帝国トランシルヴァニア地方の貴族。1877年生まれ1933年没。
領内で妹が発見した化石が恐竜の化石であることをきっかけに恐竜研究を始める。生物として恐竜を研究する、という当時としては先進的な研究を行い(そのような考えが主流になるのは20世紀後半になってから)、また地質学者としてトランシルヴァニアがかつて島だったことに気付き、島嶼効果による小型化が恐竜にも起きていたという説を唱えた。
さて、この人、これだけで恐竜研究者として歴史に名が残る人物なのだが、それ以外にも学術的功績があり、さらに彼の送った人生そのものがかなりドラマチックである。
彼は、アルバニアの山岳地帯に惹かれ、アルバニアに長期滞在するようになり、アルバニアについての研究でも多くの論文を残している。アルバニア学者としての一面もあるのだが、その一方で実は、帝国のスパイとしての面もあり、大戦中にアルバニア人部隊を率いたりもしている。また、自らアルバニア王になろうとしたこともある(失敗したが)。
また、彼は同性愛者でもあり、そもそも最初にアルバニアに興味をもったきっかけも、当時の恋人からアルバニアについての話を聞いたからなのだが、アルバニアで出会った青年と恋に落ち、彼を秘書として雇いつつ、人生のパートナーとしても生涯をともにすることになる。
第一次大戦後、帝国が崩壊しトランシルバニアルーマニアとなり、爵位も領地も失うことになったノプシャは、一時はハンガリーの地質学研究所に勤めるが、役所仕事が向いておらず、恋人をオートバイのサイドカーに乗せ、ヨーロッパ放浪旅行を始める。
晩年、鬱病もちとなった彼は、ピストルを使って恋人と心中してこの世を去った。
これだけドラマチックな経歴を持つ古生物学者、後にも先にも彼しかいねえだろうな、という人物である。


さて、これを受けて本章では、ノプシャが残した謎を一つあげる。
つまり、彼が発見したが植物食恐竜ばかりで、どんな肉食恐竜がいたか分からないという謎である。
ノプシャと同じくトランシルヴァニア人で、マルチリンガルで探検家でもあるマティアズ・ブレミー
彼が発見したのは、ラプトルの仲間の肉食恐竜で、しかし大陸にいる近縁種とは異なり、余分な指と鉤爪をもっていた。

8 恐竜、飛び立つ

恐竜から鳥への進化の話
まず、鳥の恐竜起源説の歴史について(ダーウィンの頃の話と、恐竜ルネサンス期の話)
恐竜ルネサンスを牽引したオストロムとバッカーは師弟関係だが、だいぶ流儀が異なっていて、深刻な軋轢があったこともあるらしい。
1996年の古脊椎動物学会で、フィリップ・カリーがオストロムに、のちにシノサウロプテリクスと名付けられることになる化石を見せる。それはまさにオストロムが探し求めていた羽毛恐竜だった。


鳥類は獣脚類の一種であり、さらにその中で原鳥類の一種である。原鳥類の中には、ディノニクスやヴェロキラプトル、すべてのドロマエオサウルス類とトロオドン類が含まれる。


鳥類の特徴とされるものは、一挙に獲得されたものではなく、進化の中で少しずつ獲得された

  • 直立二足歩行

原始の恐竜が既に獲得していた

  • 叉骨

獣脚類が進化させた

  • S字形の首

獣脚類の一種であるマニラプトル類が手に入れている。なお、原鳥類はマニラプトル類の一種。

  • 大きな脳

これもマニラプトル類の時点で既に持っていた。
なお、ここで筆者の師匠の一人であるマーク・ノレルが登場する

  • 気嚢や一方通行式の肺

これらについて竜盤類が持っていたのはすでに紹介された通り

  • 羽毛

これも獣脚類が獲得している
ところで、羽毛は何のために進化してきたのか。空を飛ぶためではない。ただ、羽毛は色々なことに役に立つので、なかなかはっきりした理由が分からない。
世界初の羽毛恐竜は、カリーがオストロムに見せた、中国遼寧省で発見されたシノサウロプテリクスだが、カナダのアルバータ州でも、実は1995年に羽毛恐竜が発見されていた。しかし、発見当時は、まさか羽毛が化石に残ると思われていなくて、2009年に羽毛だと確認された。
このカナダのオルニトミモサウルス類は羽毛だけでなく翼をもっていたが、体格・体重、前肢の長さ、翼の大きさからみて、飛行は不可能だた。
ヤコブ・ビンターは、メラノソームで絶滅した生き物の色が分かるのではないかと考えた。
恐竜の羽毛の色がわかり、それは決定的な証拠というわけではないが、初期の羽毛がディスプレイ用に用いられていたのではないかという傍証となった。
おそらく恐竜は、ディスプレイ用に羽毛を進化させ、それを巨大化させる過程で飛行能力を獲得するに至った


飛行能力の獲得自体は紆余曲折があったようだが、ひとたび飛行能力が獲得されると、その後に進化は急速に進んだ
グレアム・ロイドといスティーブ・ワンという古生物学者は、古生物学者ではあるが統計学者で、彼らと筆者は共同で、進化の速度を計算した。

9 恐竜、滅びる

本章の冒頭で、隕石衝突の日から恐竜が絶滅するまでの様子が、具体的な情景が目に浮かぶような筆致で描かれている。
続いて、筆者の、隕石衝突説の提唱者であるウォルター・アルバレスとの思い出が書かれている。
筆者は高校時代、家族とイタリア旅行することになり、アルバレスが恐竜絶滅について考え始めるきっかけとなったイタリアのグッビオの渓谷の場所を知るために、直接、アルバレスに電話をかけているのである。そして、大学の地質巡検でイタリアへ行った際に、アルバレスに再会している。


ウォルター・アルバレスはもともと、イタリアの形成における大陸移動の経路を調べようと思っていたが、白亜紀の境界を見て恐竜絶滅へと興味を持つ。地層の形成速度を知りたいと考え、父親のルイス・アルバレスに助言を求める。ルイス・アルバレスノーベル賞物理学者で、しかもマンハッタン計画に参加していて、エノラ・ゲイの後続機に乗っていたらしい。
で、地層の形成速度を調べるために着目したのがイリジウムだったのだが、それがどう考えても多すぎる量が発見され、隕石衝突説が生まれることになる。


隕石衝突による突然の絶滅説に対して、環境の変動などにより恐竜は少しずつ数を減らしていったのだという説が対立している。
筆者らは、これに決着をつけるため、白亜紀末の恐竜の多様性を調べ始めた。
再び「形態的異質性」の出番である。
恐竜の多様性は絶滅直前まで減っていなかったことが分かる。
またここでは、世界各地の恐竜の多様性についての研究を集約していっており、この本でこれまで登場してきた各地の古生物学者の名前が数名であるが言及されており、最終章らしい(?)大団円感が醸し出されている(??)
恐竜は隕石衝突以前から数を減らしていたのではなく、それゆえ、隕石衝突こそが恐竜絶滅の主因だったと言えるのである。
ただ、実は話はそこまで単純ではなく、角竜類とカモノハシ竜類の異質性と種数は減少していた。そして、これをもとにしたモデル研究によると、そのことにより生態系が崩壊しやすくなっていたことが分かった。
もし、隕石衝突が起きていなかったら、おそらくこの異質性と種数の減少は一時的なもので、また安定した生態系に戻っていたのかもしれない。
一方で、この生態系が弱くなっていた時期に隕石衝突が起きたことで、恐竜はいともたやすく絶滅したのかもしれない。もし衝突の時期が異なっていたら、恐竜絶滅はまた別の経緯をたどったかもしれない。

エピローグ 恐竜後の世界

筆者が、ニューメキシコ州で暁新世の哺乳類化石を調査している様子が書かれている。

日経サイエンス2012年1月号

www.nikkei-science.com
参考文献にあがっているもので、すぐに読めそうなもので、かつノプシャ男爵の記事だったので読んでみた。
大雑把な内容としては『恐竜の世界史』で書かれているものと同じだが、先駆的な恐竜研究者であったことが強調されている。
当時、島嶼化は哺乳類については一応知られていたが、恐竜について当てはめたのはノプシャが初で、当時は顧みられていなかった。1970年代頃に見直されたとか。また、ノプシャは、骨組織の微細構造から年齢を測定する手法を開発。これも、現在では当たり前になった手法だが、相当先駆けている。島嶼化について、単に幼体・亜成体なのではないかという批判に反論するため、年齢を測定する必要があったようだ。
また、当時、鳥は爬虫類の遠縁と考えられていたが、恐竜が鳥の先祖であるという説を支持していた(なお、この説自体は19世紀イギリスに遡る)
トランシルヴァニアは、白亜紀当時、島となっており、ノプシャはこれをハツェグ島と名付けた。恐竜が北半球を行き来するにあたっての交易路的な位置にあって、恐竜の世界的な広がりを考える上で、重要なポイントらしい。
ノプシャが先駆的な研究を行えた理由として、彼が貴族であった点を指摘している。帝国中を自由に調査できた上、各国の博物館にも自由に行けたので、当時の研究者としては相当恵まれていた、と。
帝国崩壊後は没落し、自らの化石コレクションを大英博物館に売却したらしい。


『Newton』2021年8月号・9月号・10月号

『Newton2021年8月号』

Super Vision ダンスする光と影

ブラックホール連星のシミュレーションCG
降着円盤が歪んでる奴
元になった動画はこれ→
GMS: NASA Visualization Probes the Doubly Warped World of Binary Black Holes

足し算とかけ算の未知なる関係の謎にせまる ABC予想とIUT理論

ABC予想とIUT理論、名前はちらほら聞くけど一体何なんだろうかと思って読んでみたのだが、ABC予想の段階で全然わからんかった。

ティラノサウルス研究の最前線

ティラノサウルスの幼体の話とか、皮膚の印象化石の話とか、個体数の話とか

「中年危機」の心理学

そろそろ自分も中年だしなーと思い、この号を手に取った主な理由だったりw
エリクソンアイデンティティ論をさらに更新した論みたいなのが紹介されていた

地球が生んだ脅威の洞窟

写真特集
柱状節理とか水中洞窟とか
メキシコのナイカ鉱山とかアメリカのアンテロープキャニオンとか

タイムトラベル映画を科学する

ブラックホールワームホールを使ったタイムトラベルについて
『TENET』まだ見れてないけど、「素粒子の擬人化」って書いてあった

アルゴリズムな世界第3回 情報を効率よく探せ

検索について

『Newton2021年9月号』

FOCUS
  • デルタ株は日本人にとって難敵

日本人、COVID-19への細胞免疫持ってたけど、デルタ株には効かないことがわかった話

  • ふたたび金星へ

VERITASとDAVINCI+が採択されたよ話

Super Vision 建造進むNASAの巨大ロケット

SLSの写真

ブラックホール最新研究レポート

ブラックホールの大きさによる分類(恒星質量、中間質量、超大質量)
恒星の進化の果てにブラックホールになって恒星質量ブラックホールになって、それが合体していって超大質量ブラックホールになると考えられており、そうすると、合体していく過程の中間質量ブラックホールがあるはずなのだが、あまり見つかっていない
重力波での観測により新たなブラックホールが発見されているが、上の3つのどれでもない、新しい「種族」
宇宙誕生直後にできた原始ブラックホールというのが理論的には予想されていて、重力波で発見されたブラックホールはその一種ではないか、とか
EHTの話
今後は、システムとしてのブラックホール研究

世界の自然災害最新ファイル

ここ最近の自然災害が紹介されていて、国内のものだと「あったなー」と覚えているが、海外のものは「こんなこと起きてたのか……」という感じだった。
森林火災、洪水、ハリケーン・台風、蝗害、火山噴火

科学の名著

今号の特集記事だが、ざくっと眺めただけでちゃんと読んではいない
何冊か読んだことのあるものがあったが、一方で、数学テーマの本は一つも読んだことなかった。
立花隆が宇宙飛行士にインタビューしてる本、ちょっと気になる。

核融合研究の最前線

核融合の話、時々Newtonで読むけど、炉の名前(トカマクとかヘリカルとか)なかなか覚えられない
高レベル放射性廃棄物(安全になるまで十万年)はでないけど低レベル放射性廃棄物(安全になるまで100年)は出るのね。高レベルと比べたら全然マシだが、それでも100年は長ーよ
ベンチャー企業が参入し始めている、という話が気になってこの記事を読んだ。
数十社が開発してて、従来にないタイプの炉を作ってたりする。まだ稼働しているところはどこもないが、そろそろプラズマに点火しようとしているらしい。

  • 追記(20210927)

核融合ベンチャーについて下記の増田があったのでメモ

実はこの遅れが核融合ベンチャーが乱立する現在を作ったと言っても過言ではない部分があって、というのも、核融合ベンチャーにはiterに予算が取られて食い詰めた研究者が立ち上げた組織が多いのである。

核融合が2030年代に実現とか何言ってんの?って人への解説(補足あり)
結局核融合ってどの段階まで行ってんの?2030年代にどこまで行けんの


透明な生き物たち

記事ちゃんと読んでないが、モモイロサルパというホヤの仲間が透明なマットみたいで不思議な生き物だった

世界の高層建築

自分が子どもの頃、トロントCNタワーが世界一高いと覚えた。その後、21世紀に入って中東や中国で続々それを超える高層建築が建っているのは知っているが、改めて高層建築ランキングとか見ることはなかった。CNタワーは既に首位ではないが、TOP10圏内にはまだ残っていることを知って、ちょっと嬉しかったw 
スカイツリーは世界2位だったのか。
そして、メッカロイヤルホテルクロックタワーがヤバい。他の高層建築がタワーないしいかにも高層ビルなデザインなのに、これは、名前の通り時計塔の形をしている。しかも、カーバ神殿の横に建っている。巡礼者宿泊用のホテルらしい。
そのほか、現在サウジアラビアで建築中という1000m越えのビルとか、ベトナムにある470mのビルで地盤が弱いから90mの杭売ってるとか、ノルウェーの木造建築での世界1位のビル(89m、18階)とか
木造高層建築アツい

アルゴリズムな世界第4回 データの特徴を探れ

データマイニングの話。おむつとビールとか。
クラスタリングのk平均法というの、なんとなくわかったような気がした

『Newton2021年10月号』

FOCUS

学術誌に掲載された論文を紹介するコーナーだが、最近科学ニュースを頻繁にチェックしているので、既にチェック済みのものがいくつかあって嬉しいw

  • 太陽系の外から地球はみつかるか

人類の存在、宇宙人にばれている? 29惑星が受信可能:朝日新聞デジタル

地球のことを観測できて、人類の放つ電波が既に届いている距離にあり、液体の水がありうる惑星が29個あるらしいので、そこに知的生命体がいたら既にこちはの存在が知られているかも? という話

2021/06/27 12:18
b.hatena.ne.jp
宇宙人が地球を見つけられるとしたら、どの星から? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

どこから見えるかだけでなく、いつからいつまで見えるかという「トランジットゾーン」があるというのは面白い

2021/06/28 09:39
b.hatena.ne.jp

  • ラクダの抗体でつくるコロナ治療薬

これは知らなかった奴

  • 水の流れが止まる川

これも知らなかった奴
1年間のうち、水がなくなることがある「非永続河川」というのが今まであまり注目されていなかったが、流域も広くて重要だ、という話らしい

  • ヒト属の新種発見

これなんだっけと思ったけど、以前チェックしていた。この分野はいま次々変わっていくのでなかなか大変。

未知の人類か、謎の頭骨がイスラエルで見つかる | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

14万〜12万年前、イスラエルのネシェル・ラムラ遺跡で発見。古いタイプの頭蓋をもつが、ルヴォロワ技法という複雑な石器を作れる。新種かどうかはまだ不明。

2021/07/02 09:58
b.hatena.ne.jp

  • 氷は曲がる

ぐにゃりと曲がる「柔らかい氷」を作ることに成功 - ナゾロジー

中国の浙江大学の研究チーム/この氷はマイクロファイバーのような細い氷だけど、柔らかい氷というとキテレツ大百科にあったのを思い出す

2021/07/13 10:32
b.hatena.ne.jp

Super Vision 人類初の民間宇宙飛行に成功

ヴァージンギャラクティックとブルーオリジンの奴

神秘の「プラトン立体」

正多面体の性質について
そういえば、学校で習ったような気もするなーと思いつつ。
コペルニクスが、プラトン立体で惑星の運行を説明しようとしていた話も紹介されていた。
展開図どんな形でも敷き詰められる、秋山仁の定理なんかすごいな
プラトン立体の角をとったアルキメデス立体というのもあるらしい。組み合わせて空間を敷き詰める。

脳解読はここまできた

BMIないしブレイン・デコーティング
神経信号をAIに深層学習させて、今見ている図形、思い浮かべている図形、さらには夢の内容を読み取ることができるようになったという、本記事の監修者でもある神谷之康の研究が紹介されている。
それから、ニューラリンクが開発したBMI装置「LINK V0.9」について
マウスの頭からUSB-Cコネクタが生えてる写真はなかなインパクトがあるが

クリーンエネルギー最新事情

太陽光、風力、地熱、潮力について。
各国のエネルギー源の比率のグラフもある。カナダの水力の多さとフランスの原子力の多さよ。
太陽光はペロブスカイトの説明、風力は、浮体式と垂直軸型マグナス式の紹介
地熱と潮力は自分が子どものころから言われているけど、なかなか実用化しないよなー
潮力はスコットランドで稼働したらしいのと、日本でも実験機が

信じられない立体錯視
世界の最新航空機

未来の航空機デザインのCG見てるの好き、実用化できるのかよくわからんけど(あの東北大の複葉超音速旅客機とか)
超音速旅客機というとコンコルドだけど、ソ連でも実用化されていたのがあったの知らなかった。
水素や電気など脱炭素化の方向も
あと、スロバキアのクラインビジョン社が開発した空飛ぶクルマ。まじで、クルマの形まんま飛ぶんかい
あと、サブオービタル機

瀬戸際に立つ南極の危機

棚氷の下に流れ込む海水温の上昇で、棚氷の底面から解ける、薄くなっていくという現象が最近注目されているとか
棚氷が崩落すると氷河が直接海に接してさらに融解が進むとか
臨界点超えたのでは、とか
なかなかヤバい話が

月村了衛『機龍警察白骨街道』

機龍警察シリーズ長編第6弾
ミャンマーに赴くことになった部付警部3人、そして京都を舞台に城木は親戚たちと対峙する。
特捜部解体に動き出した〈敵〉


「至近未来」小説と銘打ってきた本作が、いよいよ「現実に肩を叩かれ」ながらも、しかし筆者曰く「現実の変容に耐え抜」いた本作
現実に迫ったリアリティとハードな物語展開がありつつ、その一方で痛快で外連味のあるロボットアクションであることを両立させていて、それこそが本作の持ち味とはいえ、一体どうしてこんな作品書けるんだ、と。
前作『狼眼殺手』では、機甲兵装のバトルがなかったのは打って変わって、本作では、機甲兵装の戦闘シーンが手を変え品を変え様々なパターンで出てくることになる。
ミャンマー編は、ユーリ視点やライザ視点で描かれるところもあるものの、姿が中心になっているといっていいだろう。
というのも、既にそれぞれ「警察」になる決意を固めたユーリやライザと異なり、姿はあくまでも「傭兵」として特捜部に関わっており、そしてその契約期間の終了が近付いている時期なのだ。そして、このミャンマー行きは、沖津が指摘したとおり〈敵〉による罠であり、姿にとっては日本政府による裏切りと見なせるようなものであった。以前から、警察組織に対して歯に衣着せぬ物言いをしていたが、いよいよ警察や政府に対して辟易しはじめている様子が出てきている。
一方、本作では引き続き(?!)城木に対する苛烈な展開が続く。一体どうなってしまうのか城木。
また、桂主任の出番も少し増えてきているところ。
今回はやはりミャンマーと京都が本編というところがあるが、特捜部と捜査二課との合同捜査が行われており、刑事警察パートもちゃんとある。『狼眼殺手』で警察内部にも特捜部と協力してくれるところがあることが分かってきたが、引き続きその体制が構築されることになる。数字の〈声〉が聞こえる仁礼財務捜査官も引き続き登場

以下既刊
月村了衛『機龍警察』 - logical cypher scape2
月村了衛『機龍警察 自爆条項』 - logical cypher scape2
月村了衛『機龍警察 暗黒市場』 - logical cypher scape2
月村了衛『機龍警察 未亡旅団』 - logical cypher scape2
月村了衛『機龍警察 火宅』 - logical cypher scape2
月村了衛『機龍警察狼眼殺手』 - logical cypher scape2

以下、ネタバレこみのあらすじと感想
首相官邸に呼び出される沖津。国際指名手配犯がミャンマー警察に捕まり、交渉の結果、ミャンマー現地に日本の担当者が来るのならば引き渡すということになり、官邸は、特捜部の部付警部3人を派遣することを決定する。
彼らを国外に出すこと自体問題であるし、〈敵〉の罠である可能性が高いが、官邸からの命令には従わざるを得ず、3人はミャンマーへ向かうことになる。
問題の国際指名手配犯である君島は、沖津も知らぬところで進められてきた国産機甲兵装計画の機密を国外へと持ち出していた。
特捜部の捜査班は、国内で君島についての捜査を開始する。
君島の身辺調査を行う夏川班と、捜査二課と合同で会社を捜査することになった由起谷班だったが、夏川班は即座に公安から捜査を止めるように警告を受ける。しかし、それは公安から沖津に対するヒントの提示でもあった。
捜査二課と仁礼捜査官は、怪しい金の動きを見つけるが、それに関わっている企業が全て城州グループであることが判明する。それこそ、城木の親戚が役員として名を連ねる企業グループであった。
城木は捜査から外され休暇を取ることになるが、沖津の示唆により、京都へと赴す。子どもの頃からよく遊んでいた従兄妹の昭彦と鞠絵、そして叔父・叔母らの親戚たちのもとへ、久しぶりの再会をするために。しかし、もちろん彼らはみな、城州グループの経営陣でもある。


外事の寒河江とともにミャンマーに降り立った3人は、休む間もなく、移動となる。
大使館で働く愛染が通訳として同行するともに、ミャンマー警察の第5分隊が護衛としてつき、君島が留置されている職業訓練センター(という名の刑務所)へと向かうことになる。そしてそこは、ロヒンギャが多く住んでいる地域でもあった。
なお、3人は日本の警官として派遣されているので、龍機兵はもちろんのこと、武器を何一つ携行できずに行っていて、ライザが現地でナイフを調達しているシーンとかがある。また、ロヒンギャ問題を抱える土地柄で、携帯電話も没収される。
姿、ユーリ、ライザの3人と、危険な任務を承知で同行してきた大使館職員愛染、ミャンマー警察の第5分隊長の大尉、副隊長の少尉ならびに第5分隊による、ミャンマー行軍が始まる。「ミャーチカ」
センターに一番近い町で食事をとっていると、店内に怪しい男が。店長によれば、サイードという余所者でおそらく密輸商だろうと。国境に近いのでそういう者が時々いるのであり、大尉も犯罪者ではあろうがテロリストではないだろうと看過するが、姿らは、ただの密輸人ではなさそうだ、と感じる。「黙って食え」
その後、君島の引き渡しまでは順調だが、行きはよいよい帰りは、という奴で、帰りの道中、川沿いの足場の悪い道でいよいよ襲撃に遭う。テロリストなどではなく明らかに軍の特殊部隊による襲撃。第5分隊も機甲兵装で応戦、姿もその中の1機を借りる。ライザはナイフで歩兵に忍び寄り屠っていく。ユーリは、君島・愛染の護衛とそれぞれに役割分担しながら応戦する。
機甲兵装ごと川に転落した姿だったが、何故か、あの謎の密輸人サイードによって助けられる。
移動手段を失い第5分隊に犠牲も出る中、近くの国境警備隊の駐屯所へと向かうが、何故か誰もおらず、電話線なども断たれていた。国軍が襲撃に加担しており、第5分隊ごと抹殺しようとしていることが次第に明らかになってくる。とにかく日本政府と連絡がとれるような場所へ向かうしかない。愛染が大使館の地図で見たという、リゾート開発地へと向かうことになる。
しかし、このリゾート開発地とやらが、着いてみると明らかにリゾート開発地ではなく、人身売買組織の拠点で、今度はこの組織から攻撃されることになる。
このミャンマー行軍だが、まず第5分隊の大尉が一行の指揮官で、姿も兵士の習いで一応大尉の指示に従って行動している。一方、大尉の方も、次第に姿が手練れであることを認識し、姿の意見を聞きながら行動するようになる。なお、ミャンマーの警察は国軍の下にあるので、階級も軍人のものとなっているが、第5分隊はあくまでも警察。
また、ライザは戦闘の折には即座に単独行動に入り、次々とナイフで敵兵を屠っていく役目を担う。第5分隊は明らかに驚いているが、姿とユーリがその点でライザに全幅の信頼を置いているのが分かる描写が度々あるのがなかなかよい。
さて、リゾート開発地での攻撃では、機甲兵装に囲まれ絶体絶命のピンチに襲われるのだが、そこにインドの機甲兵装が颯爽と現れて、人身売買組織の機甲兵装を次々と倒していく。特にそのリーダー格は動きが別格で、姿は自分よりも上であると認めざるをえない。中国に12人しかいないといわれる化け物級の機甲兵装乗り、姿は一度も見たことがなく、実在しないと思っていた存在――かくしてその正体は、クワンであった。


京都で城木は、親戚との会食や鞠絵の協力などから少しずつ手がかりとなりそうなものをえていく。そうした城木からの情報、捜二と仁礼捜査官の捜査、鈴石主任の調査などから、特捜部はある事実へとたどり着く。一方、ミャンマーでも、君島を改めて問い詰めることで、同じ事実を知ることになっていた。
すなわち、国産機甲兵装計画が存在することは事実だが、君島が持ち出したとされる軍事機密たるユニットなるものは存在していなかった。
そして、その背景にあるのは、城州グループによる資金操作によって作られた裏金が、機甲兵装契約のため、ミャンマー政府・国軍へと流れていたということであった。
姿らを襲撃した特殊部隊と人身売買組織が実は繋がっていることも判明。
人身売買組織での生き残りであるロヒンギャの少年が一行に加わり、生きて帰るための行軍が始まった。
ところが、そのさなか、第5分隊の1人が死亡する。負傷していたため、それによるものかと思われたが、ユーリがこれは殺人であると喝破する。しかも犯人はこの中にいる、と。


イードが、実は沖津部長が密かに雇っていたSNS(ソルジャー・ネットワーク・サービス)の傭兵であることが分かる。元モサドの彼は、機甲兵装備をも密かにミャンマーへと持ち込み、姿たちに提供する。
君島の身元を奪還するため、姿らを襲撃している部隊の基地へと向かう。
ミャンマーでのラストバトルは、いよいよ姿・ユーリ・ライザの3人も機甲兵装を装着しての戦闘なのだが、ここで出てくるミャンマー軍がやばい。
地面を這い回るような奴らや、ワイヤーで飛びまくる奴らが出てくる。っていうか、後者は立体機動ですよね、それっていうw
さらに、ボスとして出てくるのが、アルキメディアン・スクリュー(ドリルみたいなキャタピラ)をつけて、泥の中を潜ったりすることもできる、特注品の第3種。見た目が強すぎ!w


公安の中にも〈敵〉が
そして何より、城木にとっては兄に引き続き従妹まで、という展開。しかも、兄より手ごわい
あと、城木の親戚たちがみな、兄より城木の方が政治家に向いているというのに苦しめられる城木
一体どうなってしまうのか


そして、特捜部に新しいメンバーが!
姿は今後どうするのか?!

ラヴィ・ディドハー『完璧な夏の日』

様々な特殊能力を持った超人(ユーバーメンシュ)が存在する20世紀を描くSF
おおむね第二次世界大戦前後のヨーロッパが舞台だが、ベトナム戦争やアフガン侵攻、911なども出てくる。なお、原題はThe Violent Centuryであり、こちらのタイトルの方が内容には沿っているという話もある。
イギリスの超人諜報部隊「高齢退役軍人局」に所属していたフォッグは、完璧な夏の日と呼ばれた少女クララに出会う。その出会いは、フォッグを一体どのように変えたのか。


「われわれ」という一人称複数形視点からの語り、回想形式で次々と異なる時期の話が展開されていく断章形式、そして登場人物の誰もがどこか喪失感を抱えており、『完璧な夏の日』というタイトルとは裏腹、全編霧のかかったような雰囲気(文字通りほとんどのシーンで霧が出ているのだが)に覆われている。
霧のかかったような雰囲気ってなんやねんって話だが、謎の多い展開という意味でもあるし、登場人物たちの織りなす何とも言えない(エモくもあるし、エモいという言い方がそぐなわくもある)関係という意味でもある。


自分はアメコミのヒーローものを全然読んでいないし、映画化作品も見ていないので、そのあたりの作品との比較はできないが、それはそれとして、映像的な作品で、ユーバーメンシュたちの各種能力や様々なシーンが視覚的に思い浮かべやすい作品だった。
TLを検索していると『コンクリート・レボルティオ』と似ているという声もあり、確かに似ていると思う。ただ、違う点としては『完璧な夏の日』は、ユーバーメンシュがいるということ以外はほぼ史実通りで、歴史改変はほとんどされていない。


次何読もうかなーと思いながら、読みたい本リスト眺めてて、そろそろこれ読むかって何となく選んだんだけど、刊行が2015年で、もうそんな前だったのか……と軽く驚いてしまった。


ある時期、突如世界中に超人(ユーバーメンシュ)が現れる。彼らは元々は普通の人間だったが、特殊な波動を浴びたことによって、特殊能力と不老を得ることになる。
イギリスでは、オールドマンという男が「高齢退役軍人局」にユーバーメンシュたちを密かに集めて、諜報部隊として組織する。
主人公のヘンリー・フォッグは、オールドマンによってスカウトされたユーバーメンシュの1人で、名前の通り、霧を操る能力を持つ。
物語は、現代のロンドンから始まる。軍人局を長年離れていたフォッグが、突如、オールドマンから呼び出される。夏の日(ゾマーターク)というファイルについて確認したいことがあると言って。フォッグは、オールドマンと、フォッグの相棒であったオブリヴィオンの前で長い回想を始める。


すでに述べたように「われわれ」という一人称複数形視点による語りがなされ、回想も必ずしも時系列順ではなく、様々な時点に飛びながら、また現代とも行きつ戻りつしながら進められていくことになる。
この「われわれ」が一体何者なのかというと、早速ネタバレしてしまうと、実は最後まで正体が分からないままである。ただ、この「われわれ」が、メタフィクショナルな雰囲気を作品に持たせている。


回想は、フォッグが超人になる前の子供時代から始まり、オールドマンに連れられた養成所時代(チューリングがいる!)、そして軍人局エージェントとして活動した、ミンスクトランシルヴァニア、パリ、ノルマンディー、アウシュビッツ、ベルリンなどでの出来事が語られていく。
同じ軍人局に属するユーバーメンシュたちだけなく、アメリカの派手に活躍するユーバーメンシュたちや、ユーバーメンシュ狩りを行っているナチスのユーバーメンシュ、ソ連のユーバーメンシュ部隊などが登場する。
さらに彼らの戦後の状況は、オブリヴィオンによるヴェトナム・ラオスやアフガンの話として語られていくことになる。
彼らは、陰に陽に国家のために戦い、身も心も傷ついていく。しかし、身体は年老いず、精神だけに疲労が蓄積していく日々を送ることになる。
フォッグとオブリヴィオンは養成所で出会い、以来、コンビを組んで仕事をするようになる。しかし、ナチスドイツ占領下のパリで2人の道は分かれていくことになる。
フォッグは、クララという少女と出会う。彼女は、まさにフォッグらをユーバーメンシュへと変化させた要因となったフォーマフト博士、その娘であった。彼女は、現実世界とは切り離された、永遠に夏が続く空間とこの世界とを行き来する能力をもっていた。フォッグとクララは恋に落ちる。
『完璧な夏の日』は、フォッグがいかにクララとの愛に生きようとしたのか、という物語なのである。
一方で、この物語には、もう一つの愛も出てくる。フォッグの相棒であるオブリヴィオンである。彼は同性愛者であることが作中で明示されており、決して結ばれることはなかったが、フォッグを愛していた。オブリヴィオンの戦後編は、ラオスやアフガンで、かつての戦争ではヒーローだったユーバーメンシュたちの、馴れの果てが描かれるとともに、フォッグを思い続けるオブリヴィオンが描かれていく。

ゴールデンカムイ

最終章開始記念ということで、最新話(285話)まで全話無料公開されていたのでまとめて読んだ。
アニメで見ていた部分は飛ばすことにしたけれど、アニメでやってたのが原作で何話か分からなかったので、70話くらい(江渡貝くんと夕張炭鉱あたり)から読んだ。なお、自分がアニメで見ていたのは、138話あたり(網走監獄襲撃)まで。なので、結果的にアニメで見た部分も読んだことになるけれど、アニメ化されていない箇所も結構あった(北海道版ボニーとクライドとか獣姦シートンとか)。
ここでは、樺太編以降の感想を書く


なお、アニメ見た時の感想はこちら

アイヌ文化を描いている作品として有名になり、実際そのようなところが見どころとなっている作品なのは間違いないが
ストーリー上の大きな枠組みとしては 、近代国家明治政府に対するオルタナティブを北海道に作ろうとする勢力同士の争い、というものになっていた。
アイヌもよく出てくるが、作品を通して多く出てくるのはむしろ軍人で、日露戦争のおりに何らかの形で傷ついた者たちという印象がある。
(中略)
アニメの1クール目は、アクの強いキャラクターの脱獄囚たちが次々出てくるという筋立てだった。この三つ巴の構図自体は当初からなくはなかったけれど、より強まったのは2クール目からかなあという気がする。
(中略)
(中央なんてどうとでもなると言って「暴走する軍部」として見るなら、鶴見は明治よりも後の時代から明治を攻撃しているともいえるし、そして当然ながら、土方は明治より前の時代から明治を攻撃している。で、監獄が近代=明治を象徴している、と)
ただ、大きな枠組みでいえば、この3つ巴の話だが、少なくともこの2クール分のアニメの中では、この構図が動くことで物語が動いているわけではなくて、物語の背景にとどまっている。
(中略)
この作品は、戦争によって(殺人者になってしまったことで)元の世界に戻れなくなってしまった元兵士が、どうやってその心の傷をいやすのか、という物語なのだろうと。
sakstyle.hatenablog.com

色んな囚人たちが出てきた前半から変わって、鶴見の部下たちや、あるいはキロランケやアシリパの父ウイルクの過去が明らかになっていく展開が続く



鶴見中尉について


鶴見中尉の目的は、前半の方では下記のように語られている。
つまり、彼は日露戦争に従軍していたが、無理な攻撃作戦を命じられ、戦後も冷遇されたために、こうした事態を打開するために北海道に軍事政権を樹立しようとしている、と。
ところで、のちに彼がアシリパとソフィアに語る構想として、他国から日本への侵略に対する防衛拠点としての北海道国家が語られており、また、満州や極東ロシアを領土として考えているふしも見られる。ただし、独立した北海道国家の領土というより、日本の領土としてということのようだが、いずれにせよ、彼は満州や極東ロシアの確保を重要視しているようである。
満州については、そこに戦死した部下が眠っているからであり、極東ロシアというかウラジオストクについては彼の亡くなった家族が眠っているからという理由が語られているが、一方で、自分は個人的な目的のためだけに動いているわけではない旨も同時に語っている。
また、彼は若い頃に、ロシアにスパイとして潜入しており、陸軍の対ロシア戦略の一端を担う活動をしていたと考えられる。
以上より、満州、極東沿海州、北海道・樺太を対ロシア防衛線と位置付け、そのための軍事拠点を北海道に展開する構想を持っているのではないか、というようなことを何となく妄想させてくれるのである。
そこまで考えると石原莞爾みが出てくるのだけど、twitterで試しに「鶴見中尉 石原」で検索してみたら、何人か鶴見中尉と石原莞爾を絡めてツイートしている人がいたので安心(?)した。
なので、石原莞爾めいた謎の世界史イデオロギーを持っていたら面白いのにな、というのが上のツイートへとつながる。
ただ、物語上、彼がそのようなイデオロギーを語る機会はあまりなさそう。
鶴見中尉自身には、そうした思想的バックボーンを持ち合わせるだけの知的リソースがあるのではないかと思うのだが、一方、彼の「人たらし」はイデオロギストとしてのカリスマからくるものではない。というのも、彼はあくまでも中尉で、彼が部下として集めている人員は下士官や兵卒なので、そういうので集まってくるタイプではなさそうだから。
いわゆる「鶴見劇場」と称される手の凝った手段を用いて、リクルーティングしてきたというのが、樺太編以降明らかになる。躊躇なく銃を撃たせるためには「愛」が必要なのだ、という鶴見の考えがその背景にはある。でも、それは鶴見中尉にとって手段であって目的ではないのではないか、とも。


何故こんなに鶴見中尉のイデオロギーにこだわっているのかというと、そういう悪役が見たいというだけの話なんだけど
個人的には、るろ剣の志々雄真実とか、彼なりのイデオロギーに殉じた悪だったのではないかと思っている。彼の強さ・カリスマは彼の思想に由来しているので。
鶴見中尉は、当初からわりとある種の狂人として描かれているけれども、狂気的なまでに突き進む行動力の源泉に、理路整然とした思想がある方が、かっこいい(?)のではないかと。単に、戦争で気がちがってしまった軍人です、というよりも。
ただ、鶴見中尉の動機が思想に還元できるのかどうかは謎。
彼は情報将校で、元スパイで、鶴見劇場という人を動かすためのとんでもない芝居を打てる人間で、下手すると、彼の過去(家族の死)すらも鶴見劇場という芝居の一環であり、「思想」に対してもアイロニカルな態度を取りそうという気はする。
一方で、彼は元スパイで、ここでいう彼の死んだ家族というのは、あくまでも潜入先でできた妻子で、そこに本当に愛はあったのかとかそういう話もあり、仮に愛があったとしても、スパイであらんとする限りはアイデンティティの拠り所にできないわけで、スパイがスパイとして潜み続けるためには、身近な人間ではなく所属する国家なりなんなりを拠り所として持ち続けないといけないわけで、そのためにイデオロギーなるものがあったりするわけで。
(ところで、ウイルクもまたある種のイデオロギーを実現するために北海道に渡ってきてそこで家族をもった人間なわけだが、そこで彼は元々持っていたイデオロギーを曲げて家族を重視した(とキロランケは思っている)わけで、そこで対照的なキャラクター配置となっているのではないか、とも思ったり)
というか月島が、鶴見中尉が個人的な感情で動いていないことに喜ぶシーンがあるけど、個人的な感情以外のところで動く際の背景にあるのは、やはりイデオロギー的な何かではなかろうか。


ところで、鶴見中尉っていい年齢のはずなのにまだ中尉という低い階級にいる謎とかいろいろあるのだけど、完全に体制に反旗を翻すために一連の行動をやっているのではなくて、中央とのつながりというか、中央のことをどうこうできる何かがあるのではないか、というようなことも妄想できたりする。
陸軍の中の少数派に位置していて、派閥争いの一環としての北海道での金塊探しなのか、ということもちょっと考えてみたりもする。
正直、そこらへんのことは全然よく分からないけれど、薩摩閥だったりするのかな、とか。
鶴見中尉自身は新潟出身らしいけど。

パルチザンについて

アニメを見ていたときは、キロランケやアシリパの父の出自がまだあまり明確に語られていなかったので「パルチザン?」という感じだったのだが、樺太編でこのあたりはかなりはっきりと示されてきた。
キロランケは沿海州タタール人で、アシリパの父であるウイルクは樺太アイヌポーランド人のハーフで、いずれも北海道の出身ではない。2人はともに北東アジア先住民族の独立を志し、その資金源とするべく北海道アイヌの金塊に目をつけた。
彼らは、貴族階級の出身でありナロードニキの運動家であったロシア人のソフィアと手を組む。ソフィアは、大衆が反帝政運動になびかないのはロシア正教のためと考え、ロシア正教の及んでいない先住民族と手を組むべきという立場だったので、互いに利害が一致した形になる。アレクサンドル2世暗殺に、ソフィア、キロランケ、ウイルクが関わっていたという話になっている。
さて、キロランケは、沿海州樺太(サハリン)・北海道等を領土とした多民族連邦国家を志向していたのに対し、ウイルクはまずは北海道のみを独立させ希望者を移住させるという考えに心変わりした、とされる。


さて、先のツイートでこの作品のよいところと悪いところと述べたが、
まず悪いところについてだが、和人によるアイヌ差別・搾取や同化政策がほとんど描かれていないという点がある。
政治について言及しないことが政治性の発露となっているという意味で、「ノンポリ的「政治性」」とでも言うべきだろう。むろん、ノンポリ的な立場をとることが、即座に悪いことだというわけではないが、アイヌ、しかも近代におけるアイヌを扱う上で、気にかかってしまう点ではある。
また、この作品は、主人公たちがアイヌの金塊を探し回るというのがメインプロットであり、その金塊がアイヌ独立運動と関わるものであり、また主人公の1人であるアシリパが、そのままの形ではないにせよ、父親の意志を引き継ぐことを決意していく以上、和人との対立に触れないのは、本来不自然なことであろう。
しかし、既に述べた通り、ウイルクとキロランケはそもそも北海道アイヌではなく、また、彼らの独立運動は反帝政ロシア運動として組織されている。そのため、本作でのアイヌ独立運動の直接の対峙者として和人や明治政府をことさら挙げなくても物語としては成立するようになっている。
また、アシリパが近代的な民族アイデンティティに目覚めていくのは、あくまでも樺太樺太アイヌニヴフやウイルタと交流したためであり、アイヌ民族としての危機として具体例として描かれるのは、差別ではなく環境破壊であった(開拓・開発による森林伐採なので和人の北海道進出の影響ではあるが)(この点、現代の読者が感情移入しやすいものが選ばれている感じがあり、エンタメ的には正しいとも言えるが)。
アイヌと和人との対立、和人による差別を描かなくてもいいようにするための設定ともとれ、つまり、単に差別を描いていないというだけでなく、描かなくても不自然にならない設定をわざわざ作っているとも言える。
その点で、この作品の「政治性」は批判されてしかるべきところがあると思う。これが悪い点である。
一方で、よい点は、この設定がめっぽう面白いという点である。
この設定は、キロランケやウイルクの構想が、単なる北海道アイヌの独立ではなく、ニヴフやウイルタ、そしてそれ以外の民族も含む北東アジア諸民族の独立構想となっている。
北東アジアの諸民族というのは古くから交易圏を形成していて、北海道アイヌもそうした交易圏の中での地位を占めていたと考えられている。その意味で、単に北海道アイヌだけでなく北東アジア圏の問題として描いているというのは、ある程度「政治的に正しい」と思われるし、そもそもエンタメ的に面白い
そして、既に述べた通り鶴見中尉についても、どうも北海道だけの独立ではなく、満州や極東ロシアでの日本の権益を守ることを考えているっぽい節があるぞ、というところがあり、北海道を巡る争いではなく、北東アジアを巡る争いという絵図が背景に浮かび上がってきている。
アニメを見た際の感想として、明治政府へのオルタナティブを掲げる勢力が争っていると書いたが、北東アジアにおいてロシアに対立する勢力同士の争いであったともいえるかもしれない。
(多民族連邦国家を作ってロシアから独立する構想と、日本によるロシア防衛のための日本人による軍事政権を作る構想の対立)
エンタメ的にはでっかい風呂敷広げた方が面白いよね、という話で、それはこの作品のよいところとして挙げてもいいように思う。
ただし、これから最終章で、最終決戦の地は五稜郭なので、こういう話が本当に展開されるか謎といえば謎。

最終章について

ついに金塊の隠し場所を探り当てた杉元・アシリパらと土方陣営は、五稜郭へとやってくるが、金塊の半分が土地の権利書に変わっていたことを知る。
ところで、北海道におけるアイヌ同化政策の一つとして土地政策があり、もともと土地の所有権という概念を持たないアイヌが土地を奪われてしまったことがアイヌの窮状を招いたところがある。
本作が和人のアイヌ差別や同化政策に触れていない点は、批判されるべき点であるということを先に述べたが、土地の権利書云々の話は、もしかしたらそのあたりについて切り込んでいく可能性もあるのかな、と思わせるところがある。
また、ここで出てきた権利書について、明治政府が引き継ぐべき内容だという話をしはじめており、そもそも舞台が五稜郭であり、また、鶴見中尉って本当に政府から離反してるのかという疑いもあるので、最終章でそろそろ明治政府が何らかの存在感を出してくる可能性はあるかもしれない。

個人的な態度についての注記

ここまで、この物語の背景にあるかもしれない大きな絵図についての話を主にしてきた。
しかし、そもそもこの話は、狂った軍人鶴見中尉一派と幕末の生き残り土方歳三一派と主人公である杉元らが、隠された金塊を巡って、これまた奇人変人変態揃いの脱獄囚たちを追いかけ回すというクライムサスペンスであり、アクの強い悪党たちがいかに協力しいかに裏切りいかに戦い抜くかという物語である。歴史ものクライムサスペンスだけど、ポリティカルフィクションものってわけではないので、その背景に渦巻いているかもしれない政治思想はあくまで背景であって主題ではない。
ただ、個人的にそういう話をしたり妄想したりするの好きなのと、キャラクター個々についての話をするのも得意ではないので、上のような感想がまず出てくる。
一応注記しておくと、アイヌ差別や同化政策を描いていないのは問題なのではないか、という意味での政治性は、現実世界における政治性
一方、鶴見中尉のイデオロギーとかキロランケの連邦国家構想とかは、フィクション世界内での政治性
自分は、前者について注意しつつも、後者について萌えてるみたいな態度をとっていて、自分はまあ左翼なので、前者に関しては「差別とかについてもちゃんと配慮して描けるのがよい作品だよね」という価値観をもつけど、後者に関しては右翼的な政治思想でもある程度までは楽しめる。というか、明らかに作者自身が右翼っぽいなと思ったらひくけど、鶴見中尉が仮に右翼思想を持っていたとしてもかっこよく描かれてれば「かっこいいー」ってなります。
もう少しいうと、現実におきた満州政策とか石原完爾とか別にかっこいいとは思わないが、それをモデルにした、極東ロシアを含めた日本の防衛線を引くために北海道に軍事的橋頭堡を作ろうとする狂気の軍人とかは、フィクションの登場人物としてかっこいいと思えたりする
パルチザンの話についていうと、アイヌ独立とかいうなら抗日運動として描くべきだったのではという気持ちと、極東沿海州も含んだ多民族連邦構想かっけーみたいな気持ちの両面がある。読んでいる最中は、正直後者の気持ちの方が大きい。
でも、後者について楽しむのであれば、前者についても指摘しておかないといけないだろうとも思うのでそれについても書いている。
どちらも「政治」の話ではあるけれど、属しているレイヤーはだいぶ違うのだ、ということも念のため注記しておきたい。

杉元と尾形とか

で、ここまで作中の政治の話をしてきたけれど、繰り返すようにそこは主題じゃないので、もう少し物語に関わる話をすると、それぞれの登場人物の動機の話になる
で、ナロードニキのソフィアや民族独立運動家のキロランケは、やはりイデオロギーの人であったと思うし*1、鶴見中尉はまだ全然分からないけれど、個人を超えたところに動機を置いている気配はある。土方歳三はその点、最後まで戦って散りたいという個人的な感情を動機としていそうだなとは思うのだけど、戦う理由は欲してそう。蝦夷共和国にそこまで強い関心はないけど、蝦夷共和国のために戦う自分でありたい、みたいな。これは少しうがった見方かもしれないが。
で、ここらへんは登場人物の中では年長者世代にあたる。
一方、主要登場人物の多くは、個人的な人間関係の中に動機があることが多い。
谷垣はそれがかなり前半の方で明かされた人物だった。
なかなか複雑なのが尾形で、彼は過去編が何度もあって、その度に新情報が明らかにされていき、どういう立場の人間なのかがどんどん複雑になっていくが、勇作のような人間がいていいわけがない、というようなことが根本にあるということはほぼ確実だろう。
尾形は、アシリパに対しても同様のことを考えているのだが、ここでアシリパに対する態度としてネガポジの関係にあるのが杉元だ。
つまり、2人ともアシリパが無垢な存在だと捉えており、そのアシリパに人殺しをさせまいとする杉元と人殺しさせようとする尾形
尾形と杉元の関係はそれだけでなく、杉元がかつて勇作の代役をしていたという(本人たちはまだ預かり知らない)過去からのつながりもある。
彼らはイデオロギーや思想を背景には持っていないだろうが、その一方で、何か人間に対する信念のようなものが背景にあって、今後の物語の中でそれらが展開していくことになるのではないだろうか。

*1:キロランケがウイルクを殺した動機は、ウイルクの思想的転向というよりは、ウイルクの素質が変わってしまったことにあり、個人的感情ではある

フィルカルVol.6No.1

特集シリーズ2:科学的説明論の現在

「因果的説明論の現在」(清水雄也・小林佑太)

科学的説明論、とりわけ因果的な説明論の21世紀以降の展開について整理した論文

  • 20世紀の科学的説明論

20世紀において科学的説明論は、被覆法則説から因果メカニズム説へ、という流れがあった。これは、科学哲学の入門書とかでも紹介されていたりする。
本論は、因果メカニズム説を、因果の差異形成的側面と産出的側面の両方に触れている二面性があるという意味で、DP二面説の一種であると位置づける(「DP二面説」というのは本論における名称、多分)。

  • 現代の因果的説明説

21世紀以降、有力になっている説として3つ挙げている。

    • 可操性説

介入主義とも
なお、この可操性というのはmanipulabilityの訳で、操作可能性と訳しても問題ないようだが文字数的な理由で、本論では可操性と訳出したとのこと

20世紀に出ていたSalmonの因果メカニズム説に対して、新メカニズム説と呼ばれることもあるという(その場合、Salmonのメカニズム説は旧メカニズム説と呼ぶ。なお、新メカニズムの中にも新旧あって、新旧メカニズム説と新新メカニズム説があるらしい。ややこしい)
旧メカニズム説と同様、DP二面説の一種

カニズム説と同様、DP二面説の一種
産出に関するエキュメニズムと差異形成に関するカイロス基準によって特徴付けられる。

翻訳「 『深さ』の概略」(マイケル・ストレヴンス、清水雄也訳)

カイロス説の提唱者であるストレヴンスが、カイロス説について論じた自著『深さ』について自ら解説した論文の翻訳

モナドとしての哲学史研究」(稲岡大志)

哲学史研究の意義とは何なのか、これまで歴史的アプローチ、哲学的アプローチなどがあったの対して、筆者はプロジェクト型アプローチを提案する。
また、プロジェクト型アプローチの中のモデルとしてモナドモデルを提案する

悪い言語哲学入門 第3回 (和泉 悠)

言語行為論について
アスカの「あんた、バカぁ?」を例として
適合方向を持たない表出という言語行為もある

ウソツキの論理学(連載版)哲学的論理学入門 第4回「形式化、未完のプロジェクト」(矢田部俊介)

シミュレーションとしての形式論理学

哲学する人はどう呼ばれる(べき)か―梅原猛ポジショントークから考える」(谷川嘉浩)

哲学をやってる人は「哲学者」を名乗る方がいいのか「哲学研究者」を名乗る方がいいのか、という話を、異分野の人と協力する際の観点から述べたコラム
哲学者自身は、ある種の謙遜とかから「哲学研究者」と名乗りがちだけど、分野外の人からは変な含意もたれちゃうから「哲学者」と名乗った方がいいという話

神経美学と自由エネルギー原理?


ナナイの注意の話は
Bence Nanay『知覚の哲学としての美学 Aesthetics as Philosophy of Perception』1・2章 - logical cypher scape2


なんとなく思ったのは、素人は、もともともっていた信念に沿うものを見てしまう(〇〇という建物の絵だと思ってみるので、〇〇を探して見る)。一方、専門家は、精度制御していて、感覚信号の精度をあげて信念が更新されるように見てるのではないか、と
もっとも、精度制御とか意図的にできるのか、という問題はあるけど、専門家も意図的にやっているというよりは、そういう見方のモードが身についていて半ば自動的にそうしているところはあるだろう
予測誤差によるフィードバックをより重視するような知覚経験が、美的経験かもしれない、という話はちょっとできそうな気がする
とはいえ、そもそも感覚信号側の予測誤差を重くしているのは、知覚全般の特徴なので、それだけで美的経験を特徴づけることはできない
ナナイ風にいえば「分散された注意」というのがポイントだけど、これが自由エネルギー原理的に説明できるのかどうかは不明。
というか、ナナイのいう注意は、わりと意識的なものであったような気がしているのだけど、自由エネルギー原理による注意は明らかに無意識的なものだし、そこらへんにも相違があり、簡単に統合はできない。


これは美学の話以前に、知覚の哲学や心の哲学と自由エネルギー原理はどのように調停されるのか、という話でもある。
自由エネルギー原理は、脳内のあらゆる処理を自由エネルギー最小化で説明しようとする論で、知覚と運動は実は同じ原理の裏表なんだ、というのが多分売りなので、知覚と判断の区別? そんなの原理的にはないよ、という話をしそう。
脳は階層構造をしていて、下位のサブシステムが上位のサブシステムに予測誤差信号を送り、上位から下位に予測信号を送る、というので説明つけるので、知覚システムから判断システムに予測誤差信号が送られてるんだよ、みたいな説明になりそう。分からんけど。
それはそれでいいとして、もう一つ、心の哲学や知覚の哲学は、表象説がやはりスタンダードだけど、自由エネルギー原理にとって表象の位置付けは一体
まあ、知覚システムの中に、信念が置いてあるので、あれが表象だろう。表象がたえず予測誤差によって修正され続けていくという話なんだと思う。そういう意味では、誤表象が何で生じるのかというメカニズム的な話とかもできてよいかも。
で、それらを踏まえた上で、美的性質を含む高次性質というのは知覚されているのか判断されているのかという話がある
源河亨『知覚と判断の境界線』 - logical cypher scape2では、美的性質は高次モード知覚説というので説明されている。
美的性質は、表象のモードなのだという話
自由エネルギー原理で、表象のモードとかそういう話はできるのかどうか
また、高次モード知覚説が正しいかどうかは別として、美的なものが何らかの形で我々に分かるとして、それを自由エネルギー原理で説明しようとする場合、何が予測誤差としてフィードバックされてるのか
元々、我々の中には、非美的性質(感覚信号)と美的性質との随伴性についての生成モデルがあって、それにそって美的なものを見いだしている、と考えることもできるけど、一方で、美的経験の特徴を考えると、逆にそういう生成モデルをさらに作り変えていくのが美的なものだったりするのではないか、と思ったりもするのだけど、しかし、生成モデルを返るタイムスケールって美的経験のタイムスケールとはズレるような気もするし……。



という、特に何のオチもない、まとまりのないメモです



(追記)
自由エネルギー原理と心の哲学・知覚の哲学の関係について

佐藤亮司「視覚意識の神経基盤論争:かい離説の是非と知覚経験の見かけの豊かさを中心に」

(2)高次性質の知覚
カテゴリー的な性質を知覚することを肯定的に含意する
視覚の逆転階層理論によれば、最初に知覚されるジストはカテゴリー的性質によって構成されている
『シリーズ新・心の哲学3意識篇』(佐藤論文・太田論文) - logical cypher scape2

Ⅲ-12 予測誤差最小化理論    ベイズ推論としての心(佐藤亮司)
哲学的な論点
(2)知覚と思考の区別に対して再考を促す→知覚と思考の差は階層の差にすぎない。知覚情報が階層をあがるにつれて概念になっていく
『ワードマップ心の哲学』(一部) - logical cypher scape2