真鍋真監修『新版 恐竜の世界(学研の図鑑)』

フルカラー、DVD付きで、内容的にも充実していて、1000円しないという非常にお買い得な一冊
最新の内容まで盛り込みつつ、個人的によかったところは、系統図が要所要所に掲載されていたところ。骨格標本の写真も多め
テーマごとに章分けされていて読み物として読んでいける本だが、図鑑として読めるページも用意されている。図鑑部分は、学名の意味が書いてあるところがよい。
下記のツイートでこの本を知ったのだが、このツイートに書かれているとおり、「この標本は○○だと思われていたが、実は違っていた」とかそういった注釈があちこちにある。


DVDはまだ最初の10分か20分か見ただけ

プロローグ 恐竜超入門
第1章 最古の恐竜たち
特別コラム1 恐竜学の歴史
第2章 恐竜巨大化の謎
特別コラム2 琥珀の中の恐竜
第3章 鳥類は恐竜だった!
特別コラム3 空の支配者たち
第4章 ティラノサウルス大研究!
特別コラム4 海の支配者たち
第5章 恐竜の進化と絶滅
特別コラム5 恐竜絶滅の謎
博物館紹介
参考文献
属名索引

新版 恐竜の世界 DVD付 (学研の図鑑)

新版 恐竜の世界 DVD付 (学研の図鑑)


プロローグ 恐竜超入門

オルニトスケリダ類についても結構書かれてるー
あと、分類を書くのに、目や亜目じゃなくて全部類で書くよーという話も少し書かれている。
ティラノサウルス上科をティラノサウロイデア類、ティラノサウルス科をティラノサウリダエ類って書いたりもするけど、この本では分かりやすさ重視で、前者を「ティラノサウルス類」って書くよー、とも。

第1章 最古の恐竜たち

ペルム紀の単弓類、三畳紀の偽鰐類から始まる
っていうか偽鰐類って何? 小林快次『恐竜時代1 起源から巨大化へ』 - logical cypher scape2でも土屋健『三畳紀の生物』 - logical cypher scape2でも、出てきたのはクロロタルシ類だったんだけどー
と思って、ググって、といってもWikipediaしか見てないので、結局よくは分かっていないので、クロロタルシ類の下位に偽鰐類がいるっぽい。偽鰐類は絶滅爬虫類だけど、クロロタルシ自体は、現生のワニ類も含むグループのようだ
初期の恐竜についても、図鑑としてカタログされていてよい

特別コラム1 恐竜学の歴史

第2章 恐竜巨大化の謎

章の扉イラストが、偽鰐類のファソラスクスが竜脚形類のレッセムサウルスに襲い掛かるシーンなのが、なかなかよい
バーナー曲線と植物の進化を示した分岐図が突然掲載されてたりする
タンバティタヌスの骨格標本を正面から撮った写真かっこいい

特別コラム2 琥珀の中の恐竜

琥珀に閉じ込められた羽毛恐竜化石の写真は、本書背表紙にも使われている

第3章 鳥類は恐竜だった!

羽毛恐竜研究史

特別コラム3 空の支配者たち

翼竜について

第4章 ティラノサウルス大研究!

一つの見開きの中に、バッキー、トリスタン・オットー、スタン、ブラックビューティ、トリックスとティラノサウルス骨格標本がばんばんばんと掲載されているページが圧巻

特別コラム4 海の支配者たち

魚竜、首長竜、モササウルスについて

第5章 恐竜の進化と絶滅

ここが、いわゆる図鑑的な章になっていて、恐竜の各分類群ごとに、そのグループの特徴を一見開きでまとめ、各種の図鑑が続くという構成
剣竜類、鎧竜類、堅頭竜類、角竜類、鳥脚類、竜脚形類、獣脚類の順
学名の意味が書いてあるので、ペルタが盾、ファレが頭って意味だと分かった
鎧竜類が充実している感じ
ミンミの7つの標本のうち、2番目は1989年に別種のクンバラサウルスであることがわかったとか
イカニアの全身骨格と思われていたが、首から後ろは別種だとわかった標本とか
エウオプロケファルスとされていたが、のちにスコロサウルスに再分類されることになった標本とか
ボレアロペルタも載ってる
角竜類の、鳥脚類とは違うタイプのデンタルバッテリー
獣脚類の分類も細かくて全然覚えられる気がしないけど、竜脚形類もめっちゃ細かいのな
ピノサウルスについては、水中生活説に対して消極的な説も2018年に発表されているという記載が。

特別コラム5 恐竜絶滅の謎

アルバレス親子の写真載ってるの珍しいのでは、と思った

リンダ・ナガタ『接続戦闘分隊』

感情制御技術とドローンによる戦闘支援と民間軍事会社が跋扈する近未来の米陸軍で、ちょっと軍人っぽくない感じの軍人主人公の一人称ミリタリーSF
どことなく、というか完全に『虐殺器官』を彷彿とさせる作品であるので手に取ってみることにした。
上にあげたような要素に確かに『虐殺器官』と似たようなところがあるので、そういうのが好きな人は読んでよい気がするが、一方で、それ以外は特に似ていないので、あまり強く「『虐殺器官』に似てる作品を読みたい」と思ってしまうと期待からずれる感じ。
あと、翻訳物でよくある奴だが、原作は三部作だが、まだ残り2本は未訳なので注意
てっきり一冊で完結してんのかなと勘違いして読んでたら「俺たちの戦いはこれからだ!」みたいなところで終わった

接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール (ハヤカワ文庫SF)

接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール (ハヤカワ文庫SF)


「接続戦闘分隊(リンクド・コンバット・スクァッド=LCS)」と呼ばれる新しいタイプの陸上部隊のお話
彼らは、スカルキャップと呼ばれる電極のついた帽子みたいなものをかぶっており、これが脳内インプラントに刺激を与えて、感情や欲求を制御している。つまり、戦闘によって陥った罪悪感とか憂鬱さとかをこれで抑え込んでいるのである。
主人公のシェリー中尉は、スカルキャップを外すと抑鬱に襲われてしまうので、半ばこの感情制御に依存気味なところがある(これに依存していないLCS兵士はいないとも書かれている)
彼らの部隊には支援用のドローンや、本国の指揮所であるガイダンスがある。彼らのヘルメットには、ドローンとガイダンスからの情報が送られており、AR的に進むべきルートなどが示され、ガイダンスからは情報部から送られてきた情報などを教えられ、必要に応じて、ドローン視点の映像や他の隊員視点の映像を見ることができるようになっている。
さらに、ボーンとかシスターズデッドとか渾名されるパワードスーツを着込んでいる。
そういう近未来の歩兵戦を描いている
その戦闘シーンを読むのがわりと楽しいかなーと思う。


第1巻である本作は、全部で3章の構成になっている
1.暗闇のパトロール
2.流血のシェルター
3.覚醒のファーストライト
1章はアフリカ某国、2章はテキサス、3章はアラスカを舞台としている。
シェリー中尉は、ガイダンスやドローンの情報でも拾うことのできなかった敵の気配を察知する「勘」「神のお告げ」を持っていて、アフリカの任務において、部下に被害を出さずにやってきていた。
物語は、この「勘」の正体をめぐって展開していく。
シェリーの部下の一人は、彼が本当に神の声を聞いているのだと信じているが、むろん多くの人はそうは思っていない。シェリー本人も「勘」という以上に、説明できないでいる。
第2章以降、どうも何者かがシェリーのスカルキャップや情報システムにハッキングしているのだろうということがわかってくる。
具体的な情報が伝わってくるわけではないが、「早くここから移動しなければ」といった危機感だったり、あるいは「このまま進めばうまくいく」といった自信だったりを、スカルキャップを通して、シェリーに与えて、シェリーの行動をある程度操っている何者かがいる、のである。
この作品は、全編シェリーの一人称で描かれているのだが、戦闘シーンにおいて、地の文でシェリーが唐突に「早く地上にあがって空気を吸いたい」とか「きっと気のせいだろう」とか述べている部分が出てきて、前後の行動と脈絡があってない行動をし始めたら、大体、シェリーが操られている。ただ、あくまでもシェリーの一人称なので、どこからどこまで操られているのかは、必ずしも判然としない。
シェリー自身、ハッキングを受けているようだということは途中からわかっているので、「今は操られていないはずだ」的な自覚を持っているところもあるのだが、そもそも彼は自分の感情をスカルキャップの制御に依存しているところがあり、彼の自分自身の感情についての記述も信用できず、信頼のできない語り手となっている。


シェリーはちょっと面白い経歴の持ち主で、元々は金持ちのボンボンで、ある日たまたま出くわした反戦デモみたいなのを見物していたら逮捕されてしまい、取り調べの風景をすべて録画してネットにアップ、ということをしていた。
ちなみにこのエピソードは、作者が過去に短編として発表していて、本作はその続編にあたるらしい。
また、さりげなく「取り調べの風景をすべて録画」といったが、コンタクトレンズ的なデバイスを彼は眼球に埋め込んでいて、それを用いた。
軍人になってからも、このデバイスを彼は使い続けているのだが、金持ちじゃないと買えない代物なので、分隊の他の兵士は使っていない。
で、そんな全然軍人にはならなさそうな彼なのだが、刑務所に収監されるか徴兵を受けるかの取引を持ちかけられて、軍人になったという流れ。
彼の父親や恋人は、シェリーのその選択をあまりよく思っていないが、シェリー本人は自主的な選択だったと強く主張している。
ただ、物語後半になってきて、この選択自体が、操りの結果だったのではないかと示唆されている。


反戦デモに出くわした際にできた友人が、反戦ジャーナリストで、世界の戦争はすべて民間軍事会社が受注を失わないために作り出しているのだ、という半ば陰謀論めいた主張をしており、シェリーもその話を信じていて、分隊の部下に話したりしている。


第1章の最後で、脚を失ってしまったシェリーは、最新技術を用いた高性能の義肢を装着することになり、第2章はそのリハビリと、新しい義肢のための軍事訓練に多くの描写がさかれていく。
高度に情報化された歩兵、というだけでなく、サイボーグ兵士となっていく主人公、というのも、この物語の一つの軸となっている。


また、他にもこの物語にはいろいろな要素がある。
シェリーの参加した軍事作戦におけるシェリーの行動は、シェリーのデバイスを通してすべて録画され軍に提供されているのだが、その映像が、シェリーの知らぬ間に、ドキュメンタリー番組として編集されネットに投稿されているのである。
このドキュメンタリー番組を通じて、シェリーは英雄扱いを受けるようになるのだが、このプロパガンダは一体誰の手によるものなのか、という謎もある。
なお、「暗闇のパトロール」と「流血のシェルター」はその番組のタイトルにもなっている。


民間軍事会社シェリダン社の筆頭株主であるシェリダン、この人が半ばとち狂っていて、ネット上に新たな知性のようなものが生まれ、それは悪魔だと主張している。
彼女はそれを「赤いシミ」と呼んでおり、それを受け、主人公たちもそれを「レッド」と呼ぶようになる。
本作の原題は「The Red」である。
このレッド=シェリーを操っているものである。
正体や目的は不明だが、シェリーを操って、この民間軍事会社の妨げになるようなことを行っているっぽい。
シェリーの恋人やジャーナリストの友人は、さらにいろいろと仮説を唱えている。
で、レッドを停止するためにはおそらくネット全体をダウンさせるしかなく、シェリダンはテキサス州に傀儡独立政権をぶち上げ国内核戦争を起こすというとんでもない方法でレッドを止めようとする。

シェリダン自身は、エスタブリッシュメント層にがっちり食い込んでいるので、全く表沙汰にならないのだが、シェリーの上司は彼女を裁判に引きずり出すために策を練り始める。
レッドは敵か味方かわからないが、シェリーとシェリーの部下たちは、さらなる争いへと巻き込まれていくのであった。


訳者あとがきによると、筆者のリンダ・ナガタは90年代SF読者にとっては懐かしい名前らしく、元々ナノテクSFで名を馳せていたらしい。
ミリタリーSFは本作が初で、本人は売れると思わなかったため、元々、商業出版ではなく、自己出版レーベルの電子書籍で発表していたらしい。
カタカナ表記なので全然気づいていなかったが、ナガタは日本の姓のナガタ。ただし、結婚してこの姓になっただけで、本人は日系ではないとのこと。

分析美学アンソロジー新旧比較つづき

sakstyle.hatenadiary.jp

著者の比較であげたリストを少し作り直し。
それぞれの論文の発表年を入れた表にしてみる

新旧両方 旧のみ 新のみ
Peter Lamarque 1995, 1981, 1990 2006, 2009
Malcom Budd 1995, 1993, 1996 2004
Kendall L. Walton 1970, 1978 1974
Jenefer M.Robinson 1985 1994 2005
Jerrold Levinson 1980 1979, 1975
Noël Carroll 2004 2012, 2017
Stephen Davies 1991, 1999 2006
Monroe C. Beardsley 1983, 1982
Berys Gaut 1998 2002
Gregory Currie 1989 2004
Roger Scruton 1981 1983
Peter Kivy 1990 1983
Frank Sibley 1959 1974
Stein HaugomOlsen 1981 1982
Catharine Abell 2012, 2007
Amie L. Thomasson 2005, 2003
Nick Zangwill 2000, 2004
Eileen John 2006, 1998
Arthur C. Danto 1964
George Dickie 1983
John Searle 1975
Jerome Stolnitz 1992
Jack W.Meiland 1983
Richard Wollheim 1998
Allen Carlson 1979

イアン・マクドナルド『旋舞の千年都市』

2027年のイスタンブールを舞台にした群像劇で、6人の登場人物の5日間を描く。原題は「The Dervish House」で、Dervishはイスラムの修道僧のこと。6人の主人公が住んでいるのが、元僧院であるためこのタイトルだが、宗教、特に神経科学テクノロジーとの関係もテーマの一つ。邦題の「旋舞」も、作中でたびたび言及されているスーフィズムのことを念頭に置いているのだと思われる。
イアン・マクドナルドの長編を読むのはイアン・マクドナルド『火星夜想曲』 - logical cypher scape2以来で、『火星夜想曲』がすこぶる面白かったので、それと比べてしまうとというところはあるが、こっちはこっちで面白い。
読んでいると、イスタンブールに行きたくなる、いや、まるで行った気になってしまうような、描写の濃密な作品でもある。


すでに述べたとおり、6人の主人公がいて、それぞれの物語が展開されていく。
(1)ネジュデット・ハスギュレル
月曜の朝、トラムで自爆テロが起きる。偶然その場に居合わせたネジュデットは、その直後から、ジンやフィズル(緑の聖人)の幻覚を見るようになる。
(2)ジャン・デュルカン
大きな音がすると心臓が止まってしまうという疾患を持つ9歳の少年ジャンは、あまり外を出歩けない代わりに、鳥、鼠、蛇と形態を変化させることのできるボットを走り回らせている。自爆テロの現場にボットを急行させた彼は、現場を見張る不審なドローンを発見する。
(3)ゲオルギオス・フェレンティヌ
行動経済学者であるゲオルギオスは、すでに大学も離れ、ひっそりとした老後をおくっているのだが、一方で、彼独自の都市研究をもとにテロの予測を行っている。ジャン少年から話を聞いた彼は、大規模なテロ計画を予感する。
(4)アドナン・サリオーリュ
大手ガス企業でトレーダーとして働くアドナンは、ガス取引を用いた大規模な詐欺「ターコイズ計画」をまさに実行に移すべく、行動を開始する。
(5)アイシェ・エルコチュ
宗教美術専門の古美術商であるアイシェは、探してほしい一品があるという話を持ちかけられる。それは「蜜人」と呼ばれるオカルト的なブツなのだが、彼女はそれを引き受けること決める。彼女はアドナンの妻で、夫のターコイズ計画にも協力している。
(6)レイラ・ギュルタシュリ
田舎からイスタンブールへとでてきてビジネス専門学校を卒業したレイラは、自爆テロによる交通渋滞で就職面接の機会を逃す。そのタイミングで親族から協力してほしいと声をかけられる。画期的なナノテク技術を開発したという研究者のための金策を行うことになる。


舞台となる2027年のトルコは、数年前にEUへの加盟を果たしたところ。ナノテクと呼ばれる技術が席巻している。ナノテクはいろいろなところに使われているっぽいが、主に出てくるのは、神経系に作用する服用型のナノ(カフェイン剤みたいな感じで使っている)や、ボット(ジャン少年のボットは、ナノサイズに分解して形態が変形する)である。また、ジェプテップと呼ばれるスマホないしタブレットみたいなものをみんな持っている。
レベル3ないし4の自動運転車が普通に使われている。
トヨタ車が何回か出てくるのと、日産のドローンとサムスンのドローンがそれぞれ登場していた。あと、インジェン社の名前が一回出てきた。
トルコを舞台にしているので当然ながら、固有名詞もトルコ語であり、個人的にはそのこと自体は別に苦ではなかったが、覚えにくいのは確かなので、読みはじめた時はそこが引っかかりになるかもしれない。
エスキキョイとかカドゥキョイとか、キョイのつく地名が多い)
また、イスタンブールにおいて、ギリシア人、クルド人アルメニア人、ロシア人あるいは各宗教・宗派などがどのように思われているのか、というのがある程度わかっていた方が読みやすいかもしれない。
クルド人やロシア人のことはなんとなくわかるが、ギリシア人やアルメニア人のトルコでの扱いとか最初は全然わからないが、わりと重要なので。


ものすごくざっくりいってしまうと、西欧・科学・市場主義みたいなものとアジア・宗教・神秘みたいなものとが対比されているのだけど、対立的に描かれているかというと必ずしもそういうわけではなく、混在した形で描かれている。


(1)ネジュデット
彼は兄とともに最近になって、元僧院へと引っ越してきた。兄は裁判官を名乗り、地域の揉め事を仲裁する教団組織を作っている。
ネジュデットは、解離性人格障害か何かで、過去に妹に火をつけるということをしているヤベー奴。兄が彼をかばい、かつ社会復帰させるために、イスタンブールへと引っ越してきた。
今は、ビジネス救済センターというところで働いており、ムスタファという同僚がいる。トイレで燃える子どもやジンが見えるようになったと訴えるネジュデットに対して、「そりゃテロのトラウマだよ」と言ってくれる。
テロ以後、自分以外にも、超自然的なものが見えるようになったといっている人がいることを知り、会いに行くのだが、その際にもムスタファはつきあってくれる。いい人。
後半、テロリストに誘拐される。


(2)ジャン
耳は聞こえるのだが、大きな音で心臓が止まってしまうので、親から特殊な耳栓を着用させられ、特別支援学校に通っている。ボットを使った少年探偵ごっこをしている中で、ゲオルギオスと親しくなる。
自爆テロ現場で、怪しいドローンを見つけたことで、一気に少年探偵ごっこに熱が入り、次々と調査を進めていき、その情報をゲオルギオスへと伝えている。
ゲオルギオスは危ないからと止められるが、むろん言うことを聞くわけもなく、ネジュデット誘拐の解決にも乗り出す。
ジャン少年パートは、少年探偵っぷりが楽しい(少年探偵もちものリストとか出てくる)が、印象に残ったのは、一人で街に繰り出したジャンが、街路の坂の上からボスフォラス海峡を見下ろすシーン。彼の解放感とイスタンブールの風景が一気に伝わってくるいいシーン

(3)ゲオルギオス
彼はトルコに残る数少ないギリシア人の一人で、広場の喫茶店でくだを巻いている、同じギリシア人何名かとお茶仲間である。
このギリシア人仲間の中には、諷刺詩を書いている者がいるのだが、当初、同じ広場に住んでいるグルジア女性について書くかどうかを悩んでいる。で、結局書くのだけど、彼女を売女だと罵るもので、それによってギリシア人への風当たりをグルジア人へと向かわせようとする意図があるらしくて、トルコにおけるマイノリティの緊張関係が垣間見えるエピソードなんだけど、全然本筋ではない脇の話なので、わかるようなわからないような感がある。
さて、この老学者だけど、学生時代にアメリカの経済学者と論争をしたりして注目を集め始め、トルコの知識人グループと交流を持つようになる。そこで、アリアーナと出会う。彼女は政治運動のリーダー的存在であり、いわば、恋と革命の青春を送っていたのである。
ただ、この政治の季節において、先祖代々イスタンブールに住んでいたゲオルギオスの家族もギリシアへ戻るなど、ギリシア人をはじめとする非トルコ人にとって厳しい時代だったようである。
彼は、お茶仲間の一人から彼女がイスタンブールに戻ってきているという話を聞かされる。
一方で、トルコの情報機関MITから、シンクタンクに参加してほしいと声をかけられる。
ゲオルギオスパートは、彼がジャン少年から話を聞いたりシンクタンクで意見交換したりする中で、テロ事件の真相に気づいていく部分と、アリアーナに対する思い出と現在に関する部分とが混ざって展開していく。
彼は、ギリシアに戻らずトルコで大学教授になったわけだが、定年退職よりも前に、トルコ人教授にポストを奪われている。
家族も恋人もトルコを去り、さらに時を経てポストを失った彼は、次第に自宅の近辺をのぞけば外出もせず、蔵書の多くも処分して、ミニマルな生活しかしないようになっていった。
その彼がジェブテップの中に、イスタンブールについて、様々な観点から描かれた地図を何枚も持っていて、イスタンブールを多層的に見ることを通して、推理していく。
そうして、ガス供給網を用いたナノテクテロの計画を予見するのである。
トラムでの自爆テロはその予行演習であり、ネジュデットが見るようになったジンやフィズルは、その際に散布されたナノによる作用だったのだ。
人々を殺すのではなく、人々が宗教的な意識を持つように脳の神経回路を繋ぎ直してしまうというテロだ。
ゲオルギオスは、このテロ計画についてシンクタンクで提言するともともに、シンクタンクのリーダーであり、かつて自分を追い落とした男への逆襲を果たす。
その一方で、ゲオルギオスは、アリアーナを見つけ出し、夕食の約束を取り付ける。そこで彼はある罪の告白をする
老学者の過去への決着にカタルシスがある一方で、手に入れられなかったものへの寂寥もある(彼はジャンを実の孫のように感じていたが、ジャンの親との関係を悪くしてしまう)


(4)アドナン
彼は、ガスのトレーダーだが、かつて兵役の際にある計画を思いつくのである。
西欧諸国は、アゼルバイジャンからのガスをトルコ経由で輸入している。一方、イランからのガスは、放射能汚染の危険性があるため、ルートが封鎖されている。ところが、ある施設で切り替えると、イランのガスを引き込むことができることを知ったアドナンは、イランからの安いガスを、アゼルバイジャンからのガスの高い価格で売るという詐欺計画を発案するのである。
この計画を実行するために、彼はある富豪から資金提供を受ける必要があって、そのパーティへと赴く。そのパーティの席で、アタテュルクを批判してみせるという一幕がある。訳者あとがきによると、トルコではアタテュルクについて否定的なことをいうのは許されない空気があるらしく、ここでアドナンは、ひと味違う男だということを見せつけて富豪の信頼を得るというシーンになっていた。
ところで、そういえば、敬称の「~さん」に「ベイ」や「ハヌム」といったルビがふられていた。
当初の計画では、ターコイズ計画を実行するだけだったのだけど、仲間の一人が、オゼルの負債隠しについての情報をつかんでいることがわかり、アイシェの件で司法取引にこれを使い、オゼルを崩壊させてしまう。
彼は、ターコイズ計画を一緒に進めている仲間を、子供時代に見ていたアニメの名前で呼んでいたり、サッカーが非常に好きだったりしている。アドナンパートは、トルコとその周辺国のガス流通とか、彼の持っている経済観とかが主に描かれているが、トルコのサブカルチャーの面もある程度担っているのかも。
アーセナルとの試合で、審判がロシア人なのに悪態ついていたりとかのシーンもある。
彼はトレーダーで、バクーのガス市場と西欧のガス市場の取引開始時刻の差から生じる価格差を使ってもうける仕事で、「金ってのには匂いがあんだよな~」みたいなことを思っている


(5)アイシェ
元僧院で、古美術商としての店舗を構えている彼女のもとに、「蜜人」を探してほしいという破格の依頼がくる。
数百年も前に、死期を悟った金持ちが、蜂蜜以外口にしなくなり、蜜でラリった状態で亡くなり、遺体は蜜で満たされた棺に納められた。蜜漬けのミイラは、その後、万病の薬などと見なされるようになるとともに行方がわからなくなり、伝説的なブツとなる。
ところで、この蜜人について説明するパートは、蜜人になった金持ちを「あなた」という二人称で呼ぶ独特な語りになっていた。
依頼主は、蜜人がイスタンブールにあることは確実だという。藍シェは、師匠である老女や学生時代の友人、同業者などを頼りながら、探っていく。
彼女の師匠は、街と住人の心理みたいなことをを研究している人で、ゲオルギオスが誘われたシンクタンクに彼女も参加しており、ゲオルギオスに対しても重要な情報を提供した。
彼女の友人は古書店を経営していて、その店舗自体が、異なる時代の建築様式が混在したイスタンブールの歴史そのものといった建物。
蜜人は、スーフィズムの教団によってイスタンブールのどこかに隠されたという仮説にたどり着き、その教団を研究している男のもとを訪ねる。彼は、イスタンブールの都市計画を担った建築家が、スーフィズムの教義に基づき、神聖な文字をイスタンブールの建築の中に隠したのだという考えにとりつかれている。彼の家では、イスタンブールの地図や文献が糸で結ばれ、彼の思考を浮かび上がらせている。
まあ完全にオカルティックなヤバい感じの人なんだけど、彼の探求に、アイシェは自分の専門でもある細密画が関わっているのではないかと考える。文字の中に文字が書かれているミクロな美術である。
アイシェはそうやって蜜人へと迫っていく。
「金を儲けるぜ」というタイプの夫アドナンに対して、宗教美術なしには生きていけないというタイプのアイシェは、趣味や興味の範囲は正反対なところがある(アドナンは大金を手に入れたら湾岸エリアの屋敷を買おうと思っているが、アイシェは乗り気ではないなど)。
しかし、ある種のアグレッシブさみたいなところは、よく似た夫婦でもある
ターコイズ計画と蜜人、それぞれ目標となっているものは違う、その達成へとがんがん突き進んでいく感じ。
アイシェは、ターコイズ計画に協力もしているし(一方で、アイシェは蜜人の話をアドナンにはしていない)。


(6)レイラ
新米マーケッターである彼女は、親戚のお兄ちゃんが大学の友人アソと立ち上げたベンチャーに投資してくれるところを探す。
アソたちが開発中の技術というのが、本作の中では一番SF的なネタなのだけど、この技術が作中世界で実際どのように使われていくのか、というところまでは至らない。
ナノテクについて全然わからないレイラだが、次第に彼らの技術についてよどみなくプレゼンできるようになっていく。アソに惹かれているのかな、というようなところもちょっとある。
ちなみに、アソはクルド人
一方で、実は投資を募るにあたってネックがある。起業にあたって彼らは、親戚の一人から出資を受けたのだが、その際、会社の50%の権利を与えてしまっているのである。
投資のリターンとして、会社の権利を投資先に譲るというものがあるので、この権利を取り返さないといけない。その権利の証明が、ミニチュアのコーランの半分。
で、この親戚のおじさんが、ろくでなし・穀潰しな感じの人で、ヤクザっぽいところから金借りてドロンしてしまっている。彼の持ち物は大家が処分してしまって、肝心のコーランの半分も見つからない。
レイラは、投資してくれそうな企業などを巡ってプレゼンしつつ、アソにビジネス映えする服装や靴をそろえつつ、さらにそのコーランの半分も探し回る、という感じで、イスタンブール中を走り回ることになる。
なので、アソたちが開発した技術そのものよりも、レイラの奮闘がプロット的には主となってくるパートになっている。
アソたちは、ナノテクの一種として、DNAの非コード領域に情報を書き込む技術を開発している。これを使うと、ライフログがまるまる全部自分の体の中に書き込める上に、様々な技能などを記録しておき、それを読み込むことでいろいろなできるようになる。世界を革命してやるぜ、とアソは息巻いている。
レイラパートは、あまりほかのパートとの関わりが薄い状態で話が進んでいくのだけど、途中でオゼルが出てきて、最終的には、アドナン・アイシェパートと合流する。
アイシェが、細密画とDNAに書き込まれる情報とを類比的にとらえるところとかがあって、宗教的なイスラム美術と最先端のナノテクとが融合するイスタンブール、みたいなのが、この作品の描こうとしていることの一つなのかなーという感じはするけど、どれくらいうまくはまっていたのかはちょっとよくわからない。

分析美学アンソロジー新旧比較

"Aesthetics and the Philosophy of Art: The Analytic Tradition: An Anthology"という分析美学の論文集があるのだが、これの2nd Editionが出ており、結構、論文が入れ替わっているということを先ほど知ったので、新旧比較してみた。
15年ぶりの改訂っぽい

Aesthetics and the Philosophy of Art: The Analytic Tradition: An Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)

Aesthetics and the Philosophy of Art: The Analytic Tradition: An Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)

Aesthetics and the Philosophy of Art: The Analytic Tradition, An Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)

Aesthetics and the Philosophy of Art: The Analytic Tradition, An Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)


旧版は46本収録していたのに対して、新版は57本収録となっている。
見かけの数だけで言っても11本増えているわけだが、新版には収録されなかった論文が28本あり、
実際には39本の論文が新たに追加されたことになる。
一方、新旧両方に収録されているのは18本となっている。


また、テーマごとに章分けされているのだが、2つの章が新たに増え、4つの章でタイトルが少し変わっている。

初版 第二版
Part I: Identifying Art. Part I Identifying Art
1. The Role of Theory in Aesthetics (Morris Weitz). 削除
2. What Makes a Situation Aesthetic (J. O. Urmson). 削除
3. The Artworld (Arthur C. Danto). 1 The Artworld(Arthur C. Danto)
4. Defining Art Historically (Jerrold Levinson). 削除
5. The New Institutional Theory of Art (George Dickie). 2 The New Institutional Theory of Art (George Dickie)
6. An Aesthetic Definition of Art (Monroe C. Beardsley). 3. An Aesthetic Definition of Art (Monroe C. Beardsley)
7. Weitz’s Anti-Essentialism (Stephen Davies). 削除
追加 4 “But They Don’t Have Our Concept of Art” (Denis Dutton)
追加 5 Nobody Needs a Theory of Art (Dominic McIver Lopes)
追加 6 Art: What it Is and Why it Matters (Catharine Abell)

第一章「芸術の定義」は4減3増
ダントー、ディッキー、ビアズリーといった有名どころは残留
ロペスが新しく入ってきた
なお、なくなったワイツ論文は翻訳あり
note.mu

Part II: Ontology of Art. Part II: Ontology of Art.
8. The Ontological Peculiarity of Works of Art (JosephMargolis). 削除
9. What a Musical Work Is (Jerrold Levinson). 7 What a Musical Work Is (Jerrold Levinson)
10. Platonism in Music: A Kind of Defence (Peter Kivy). 削除
11. Art Works as Action Types (Gregory Currie). 削除
追加 8 Defending Musical Platonism (Julian Dodd)
追加 9 Against Musical Ontology (Aaron Ridley)
追加 10 The Ontology of Art and Knowledge in Aesthetics (Amie L. Thomasson)

第二章「芸術の存在論」は3減3増
元々音楽の話多い感じするけれど、さらに増えている。
あと、トマソン登場

Part III: Aesthetic Properties. Part III Aesthetic Properties and Aesthetic Experience
12. Aesthetic Concepts (Frank Sibley). 11 Aesthetic Concepts (Frank Sibley)
13. Categories of Art (Kendall L. Walton). 12 Categories of Art (Kendall L. Walton)
14. The Possibility of Aesthetic Realism (PhilipPettit). 削除
追加 13 In Defence of Moderate Aesthetic Formalism (Nick Zangwill)
追加 14 How to Be a Pessimist about Aesthetic Testimony (Robert Hopkins)
追加 15 Recent Approaches to Aesthetic Experience (Noël Carroll)

第三章は、タイトルが「美的性質」から「美的性質と美的経験」にかわり、1減3増
シブリーとウォルトンの重要論文を残しつつ、さらに全体的にも量を増やしている
ウォルトン論文は翻訳あり
note.mu

Part IV: Intention and Interpretation. Part IV: Intention and Interpretation.
15. The ‘Meaning’ of a Literary Work (Stein HaugomOlsen). 削除
16. Intentions and Interpretations: A Fallacy Revived (Monroe C.Beardsley). 16. Intentions and Interpretations: A Fallacy Revived (Monroe C.Beardsley).
17. Intention and Interpretation in Literature (JerroldLevinson). 削除
18. The Constructivist’s Dilemma (RobertStecker). 削除
追加 17 The Literary Work as a Pliable Entity: Combining Realism and Pluralism (Torsten Pettersson)
追加 18 Authors’ Intentions, Literary Interpretation, and Literary Value (Stephen Davies)

第四章「意図と解釈」は3減2増
ビアズリーが残っている

Part V: Values of Art. Part V: Values of Art.
19. Aesthetic Appraisal and Works of Art (P. F. Strawson). 削除
20. Particularity, Art and Evaluation (Frank Sibley). 削除
21. From The Test of Time (Anthony Savile). 削除
22. From Values of Art (Malcolm Budd). 削除
23. Tragedy and Moral Value (Peter Lamarque). 削除
Part VII: Pictorial Art.から移動 19 Originals, Copies, and Aesthetic Value (Jack W. Meiland)
追加 20 Artistic Value (Malcolm Budd)
24. The Ethical Criticism of Art (Berys Gaut). 21 The Ethical Criticism of Art (Berys Gaut)
追加 22 Artistic Value and Opportunistic Moralism (Eileen John)
追加 23 What’s Wrong with the (Female) Nude? A Feminist Perspective on Art and Pornography (A.W. Eaton)

第五章「芸術の価値」は5減3+1増*1
1本残してほぼ様変わりといった印象を受ける
フェミニズム美学の論文が1本加わっている

新設 Part VI Art and Knowledge
Part VI: Fictionalityから移動 24 On the Cognitive Triviality of Art (Jerome Stolnitz)
追加 25 Art and Moral Knowledge (Cynthia A. Freeland)
追加 26 Reading Fiction and Conceptual Knowledge: Philosophical Thought in Literary Context (Eileen John)
追加 27 Cognitive Values in the Arts: Marking the Boundaries (Peter Lamarque)

第六章「芸術と知識」は、新たに設けられた章
以前「虚構性」の章に収録されていた論文が1本と、新規3本

Part VI: Fictionality. Part VII Fictionality and Imagination
25. How Can We Be Moved By the Fate of Anna Karenina (ColinRadford). 削除
26. Fearing Fictions (Kendall L. Walton). 28 Fearing Fictions (Kendall L. Walton).
27. The Logical Status of Fictional Discourse (John Searle). 29 The Logical Status of Fictional Discourse (John Searle)
28. How Can We Fear and Pity Fictions (Peter Lamarque). 削除
29. On the Cognitive Triviality of Art (JeromeStolnitz). Part VI Art and Knowledgeへ移動
追加 30 The Expression of Feeling in Imagination (Richard Moran)
追加 31 The Puzzle of Imaginative Resistance (Tamar Szabó Gendler)
追加 32 Anne Brontë and the Uses of Imagination (Gregory Currie)
追加 33 Fiction as a Genre (Stacie Friend)

第7章「虚構性と想像」は、第6章「虚構性」からタイトル変項
2+1減4増
以前は、フィクションのパラドックス関係のが3本入っていたところ、ウォルトンの1本まで減っている
想像的抵抗についての論文が入ったり、フレンドが入ったりしている

Part VII: Pictorial Art. Part VIII: Pictorial Art.
30. Are Representations Symbols (Kendall L. Walton). 削除
31. Photography and Representation (Roger Scruton). Part IX Photography and Filmへ移動
32. Originals, Copies, and Aesthetic Value (Jack W.Meiland). Part V: Values of Art.へ移動
33. How Pictures Look (Malcolm Budd). 削除
34. On Pictorial Representation (Richard Wollheim). 34. On Pictorial Representation (Richard Wollheim)
追加 35 Pictorial Realism (Catharine Abell)
追加 36 Telling Pictures: The Place of Narrative in Late Modern ‘Visual Art’ (David Davies)

第8章「画像的芸術」は、2+2減2増
リアリズムについてと物語的画像についてが増えているっぽい

新設 Part IX Photography and Film
Part VII: Pictorial Art.から移動 37 Photography and Representation (Roger Scruton).
追加 38 Photography and Causation: Responding to Scruton’s Scepticism (Dawn M. Phillips)
追加 39 Cinematic Art (Berys Gaut)
追加 40 Theses on Cinema as Philosophy (Paisley Livingston)
追加 41 Narration in Motion (Katherine J. Thomson‐Jones)

第九章「写真と映画」は新しく設けられた章
元々「画像的芸術」の章に入っていたスクルートンの写真についての論文がこっちに移動してきて、さらに4本が新規追加
写真についてが2本、映画についてが3本のよう

Part VIII: Literature. Part X: Literature.
35. Style and Personality in the Literary Work (Jenefer M.Robinson). 42 Style and Personality in the Literary Work (Jenefer M.Robinson)
36. Literary Aesthetics and Literary Practice (Stein HaugomOlsen). 43 Literary Aesthetics and Literary Practice (Stein HaugomOlsen)
37. The Death of the Author: An Analytical Autopsy (PeterLamarque). 削除
追加 44 Fictional Characters and Literary Practices (Amie L. Thomasson)
追加 45 The Elusiveness of Poetic Meaning (Peter Lamarque)

第十章「文学」は1減2増
こちらにトマソンのフィクショナル・キャラクターについて扱っていると思われる論文が
あと、詩についてのものが一本増えている

Part IX: Music. Part XI: Music.
38. Understanding Music (Roger Scruton). 削除
39. The Profundity of Music (Peter Kivy). 46 The Profundity of Music (Peter Kivy)
40. Expression and Arousal of Emotion in Music (Jenefer M.Robinson). 削除
追加 47 Against Emotion: Hanslick Was Right about Music (Nick Zangwill)
追加 48 Listening with Emotion: How Our Emotions Help Us to Understand Music (Jenefer Robinson)

第十一章「音楽」は2減2増

Part X: Popular Art. Part XII Popular Arts
41. The Power of Movies (Noël Carroll). 削除
42. Prolegomena to Any Aesthetics of Rock Music (BruceBaugh). 削除
43. Rock versus Classical Music (Stephen Davies). 削除
追加 49 Defining Mass Art (Noël Carroll)
追加 50 Just a Song? Exploring the Aesthetics of Popular Song Performance (Jeanette Bicknell)
追加 51 Comics as Literature? (Aaron Meskin)
追加 52 The Vice of Snobbery: Aesthetic Knowledge, Justification and Virtue in Art Appreciation (Matthew Kieran)

第十二章「ポピュラー・アート」は、「PoPular Art」から「PoPular Arts」(複数形)へと、ちょっとタイトルが変更になっている。
3減4増で、以前収録されていた論文は全削除で総とっかえとなっている章
以前は、映画について1本、ロック音楽について2本だったわけだが、
総論っぽいのが1本と、ポピュラーソング、マンガ、スノッブについての論文がそれぞれ入ってきた
メスキンは、マンガの哲学アンソロジーの編者をやってるし、ビデオゲームの方も研究もやっているのではなかったかと
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Part XI: Aesthetics of Nature. Part XIII Aesthetics of Nature and Everyday Aesthetics
44. Contemporary Aesthetics and the Neglect of Natural Beauty(R. W. Hepburn). 削除
45. Appreciation and the Natural Environment (AllenCarlson). 53 Appreciation and the Natural Environment (AllenCarlson)
46. The Aesthetic Appreciation of Nature (Malcolm Budd). 削除
追加 54 Scientific Knowledge and the Aesthetic Appreciation of Nature (Patricia Matthews)
追加 55 Aesthetic Character and Aesthetic Integrity in Environmental Conservation (Emily Brady)
追加 56 Everyday Aesthetics (Yuriko Saito)
追加 57 The Pervasiveness of the Aesthetic in Ordinary Experience (Sherri Irvin)

第十三章「自然の美学と日常美学」は、「自然の美学」からタイトル変更
2減4増で、日常美学が新たに付け加えられた感じ

著者の比較

何度も名前が出てくる人は、重要な人なのでは、という仮説に伴い、複数回出てくる人をピックアップ
下は収録論文数をカウントした表
1本しか収録されていない人は基本的に数えていない

名前 初版 第二版 合計
Peter Lamarque 初版と第二版で全て別の論文
Malcom Budd 初版と第二版で全て別の論文
Kendall L. Walton 初版と第二版で2本同じ
Jenefer M.Robinson 初版と第二版で1本同じ、1本は別
Jerrold Levinson 初版と第二版で1本同じ
Noël Carroll 初版と第二版で全て別の論文
Stephen Davies 初版と第二版で全て別の論文
Monroe C. Beardsley 初版と第二版で2本同じ
Berys Gaut 初版と第二版で1本同じ
Gregory Currie 初版と第二版で全て別の論文
Roger Scruton 初版と第二版で1本同じ
Peter Kivy 初版と第二版で1本同じ
Frank Sibley 初版と第二版で1本同じ
Stein HaugomOlsen 初版と第二版で1本同じ

1位ラマルクなのだが、このアンソロジーの編者の1人なので、ちょっとずるいって感じがしないでもないw
初版だけだと、3本収録されている人は他にもいるので別に目立たなかったが。
なお、Olsenも編者の一人だが、初版から第二版で一本減になっている……
本数はラマルクとバッドが多いけれど、両方に載っている論文(改訂を経ても残った重要度の高いと考えられる論文)が2本あるのは、ウォルトンビアズリーなので、ウォルトンビアズリーの方がすごい、と言った方がいいのかもしれない
また、キャロルとGautは、掲載論文数が増えている。

名前 初版 第二版 合計
Catharine Abell
Amie L. Thomasson
Nick Zangwill
Eileen John

こちらは、初版には収録がなかったが、第二版になって新たに入ってきた人のなかで、さらに2本以上の収録があった人たち。

名前 初版 第二版 合計
Arthur C. Danto
George Dickie
John Searle
Jerome Stolnitz
Jack W.Meiland
Richard Wollheim
Allen Carlson

こちらは、収録本数は1本であるものの、初版にも第二版にも同じ論文が収録された人たちなので、本数は少ないとはいえ重要と言えそう
美学者じゃないサールが入っているのはちょっと面白いけど


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初版で読んだ奴

全然読めてない……
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なお、このワイツ論文とウォルトン論文とは翻訳を読んだのであって、英語ではほぼ読んでない。
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*1:+1増、というのは旧版にも収録されているが、別の章から移動してきた論文

クビナガリュウとアンモナイトの化石展-白亜の大地に広がる北海道中川町から-

日大文理学部の資料館でやってた奴
ニッポニテスなどの異常巻きアンモナイトがたくさんと、虹色のアンモナイトと、テリジノサウルスの爪が見れたのがよかった
以上。

大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』

2016年に発表された短編SFの中から、大森・日下が選出した20編
ずいぶん読むのが遅くなってしまったが、次『プロジェクト・シャーロック』を今年の夏までに読めば追いつく
なお、このシリーズはこれで10作目とのこと。
ほぼすべて未読作品だった
SFを雑誌とかで追いかけられなくなっているー。まあ、このアンソロは、企業PR誌とか写真集とか同人誌とかからも拾ってくるので、初出媒体全部チェックできてる人は少ないだろうけど。
特に面白かったのは「二本の足で」
面白かったのは「行き先は特異点」「バベル・タワー」「太陽の側の島」「プテロス」「ブロッコリー神殿」

藤井太洋「行き先は特異点
円城塔「バベル・タワー」
弐瓶勉人形の国
宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」
眉村卓「幻影の攻勢」
石黒正数「性なる侵入」
高山羽根子「太陽の側の島」
小林泰三「玩具」
山本弘「悪夢はまだ終わらない」
山田胡瓜「海の住人」
飛浩隆「洋服」
秋永真琴「古本屋の少女」
倉田タカシ「二本の足で」
諏訪哲史「点点点丸転転丸」
北野勇作「鰻」
牧野修「電波の武者」
谷甲州「スティクニー備蓄基地」
上田早夕里「プテロス」
酉島伝法「ブロッコリー神殿」
久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」(第8回創元SF短編賞受賞作)

藤井太洋「行き先は特異点

表題作ともなったこの作品は、藤井太洋って感じで、現実と地続き感の強い作品。舞台は2019年(!)のアメリ
タイトルだけ見て、宇宙SFなのかなーと思っていたら全然違っていた
GoogleやらAmazonやらUberやら実在の企業名が次々出てくる
ITエンジニア文椎泰洋を主人公とする連作短編シリーズの中の一編ということ(このシリーズは『ハロー・ワールド』としてすでにまとめられているようだ)
買収したドローン企業の新作プレゼンのために、ラスベガスへ車を走らせていた文椎は、カーナビの不調でキャンプ場に迷い込んでしまったところ、Googleの自動運転実験車に追突されてしまう。
週をカウントするプログラムが2019年に桁上がりして、それのエラーでGPSデータに狂いが生じて、自動運転してるAmazonドローンとかが次々集まってきちゃう、という話。
鳥の群れとアナロジカルに捉えようとするのとか好き

円城塔「バベル・タワー」

日本史の陰に秘された縦籠家と横箱家の物語
いや、何じゃそりゃって話だけど、円城塔の筆致で書かれる偽史が面白くないわけがない
両家はともに、天皇や貴族に対して道案内をする役割として公職を受け継いできた家で、縦籠家は垂直方向(熊野三山とか)を、横箱家は水平方向を担当してきた。縦籠家は、様々な山のルートなどを開発する一方で、横箱家は、マナー・作法を次々と新たに生み出すことで家を保とうとしてきた。
横箱家は、自ら作り出した作法の果てに消滅していくのだけど、縦籠家は近代以降はエレベーターの中で生きていく道を選ぶ(男性は整備関係の職、女性はエレベーターガールとなり、エレベーターシャフトの中に古文書を隠し続け、エレベーターの中で一族の会議を行い、ひいては出産もエレベーター内で行う)

弐瓶勉人形の国

現在、連載中の『人形の国』の前日譚にあたるお話
雑誌掲載時に読んだ記憶があるけど、これ単行本未収録なんだよなー
タイターニアが警告しにいく話

宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」

タバコのPRサイトに掲載された作品
いまは『超動く家にて』に収録されているようだ。
寝たきりの父親が突如失踪した。「ぼく」は、その謎を追ううちに、煙が本体の地球外知的生命体を知る

眉村卓「幻影の攻勢」

タイトルは、眉村本人の長編「幻影の構成」からのセルフパロディ
高齢者となり時間をもてあましている「私」が、訪れた博物館や外食や大学のキャンパスで、人類もそろそろ終わりが近づいているのではというようなことを示唆してくる幻を見る

石黒正数「性なる侵入」

こちらのタイトルは、ディック「聖なる侵入」のパロディ
陰毛生物の話

高山羽根子「太陽の側の島」

高山作品読むの初めて
南方へ出征した夫と、息子とともに帰りを待つ妻の往復書簡形式の作品
夫は、地元民の不可思議な祭に遭遇し、妻は、路地で倒れていた小さな外国人兵士に出会う

小林泰三「玩具」

プロ作家が集まって官能小説を書くという同人アンソロジーに収録された作品
死姦百合? 著者の「玩具修理者」がオチに使われている

山本弘「悪夢はまだ終わらない」

子供向け作品としてオファーされたがボツとなりカクヨムに発表されたという作品
反社会性パーソナリティ障害の死刑囚に対して、死刑直前に科される仮想体験罰

山田胡瓜「海の住人」

『AIの遺電子』の中の1作
人魚として暮らすヒューマノイドのもとを訪れるモッガディート・須堂

飛浩隆「洋服」

写真集に添えられた作品
タイトルは、本書収録のために付されたとのこと
洋服店の看板を写した写真をもとにした、ポストアポカリプス風味の掌編

秋永真琴「古本屋の少女」

同じ写真集よりもう一篇
違法となっている魔導書を取り扱う古本屋の話

倉田タカシ「二本の足で」

今回収録された20本の中で最長の作品
スパムメールが二本の足でやってきたら、という作者がtwitterでつぶやいたネタを膨らました作品らしいが、その着想のバカらしさに反して、非常にシリアスな雰囲気の作品になっている
移民の受け入れを拡大した未来の日本
ダズルとゴスリムは、大学に来なくなったキッスイの部屋を訪れる。
ダズル、ゴスリム、キッスイはどれもあだ名。顔にダズル迷彩の模様をいれているダズル、ゴスリムファッション(おそらくゴシック・ムスリムの略)をまとったゴスリムの二人は、それぞれ移民の子。キッスイは〈生粋〉からとられていて、おそらく日本人。
キッスイの部屋には大量のスパムボット。二足歩行ロボットで人間の顔を模した画面がついていたりして、「久しぶりだねー」とかなんとかひたすら喋って、個人情報を収集しようとしている。
キッスイは、スパムを収集して解析するバイトに手を染めていたのだが、その中にロボットではなく、明らかな人間スパムが現れる。
彼女は、キッスイ、ダズル、ゴスリムの誰とも友人ではないのだが、彼らの友人であると主張し、自分と知り合いではないゲームをしているんだねと言い、ありもしない3人との思い出を語る。
移民と日本人の経済格差や、人間を超える人工知能たる「思考機械」の存在する可能性など

諏訪哲史「点点点丸転転丸」

印刷会社など本を作る業種の業界団体の業界誌に掲載されたという作品。そもそもその業界誌自体が一般販売されていないという代物
諏訪の自作にあった誤植をネタにした掌編

北野勇作「鰻」

小林の「玩具」と同じく、プロ作家が集まって官能小説を書くという同人アンソロジーに収録された作品
上半身が人間で下半身が鰻(?)の女の子をつかまえてエロいことする話?

牧野修「電波の武者」

老母を介護する中年女性が、ルドルフという少女となって、ヤクザに無理矢理つれられてロシアンマフィアに殺された男と、コンビニ店員を「電波の武者」として仲間にする。彼女の妄想なのか、言葉が現実化したのか。虚構を否定して現実に戻そうとするチワワと戦う

谷甲州「スティクニー備蓄基地」

航空宇宙軍史シリーズの中の一編。初めて読んだ。
フォボスの地下に作られた備蓄基地。佐久間少尉は、震動を感知する。急ピッチで建造の進む軌道上の軍港からのデブリではないかと考えるが、次第にそうではないことがわかってくる。
普通のSFだったら、最後に出てくる生物兵器が見せ場になるところ、軍港を作るにはうんたらとか、震源を予測するにはうんたらとかやってるところの方が、見せ場っぽい作品

上田早夕里「プテロス」

短編集『夢見る葦笛』の書き下ろし
これは読んだことがあった。
宇宙生物学者が、とある惑星の滑空生物にくっつきまわって、研究をしている。
石柱のような柱から生まれでて飛びたっていく、独特の生活環の一端を目の当たりにする
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酉島伝法「ブロッコリー神殿」

植物型知的生命体を視点人物(?)とした作品
華向け役を担うことになった孚蓋樹の視点から語られる。華向け、というのはおそらく受粉のこと。
息物(いきもの)、依良(いろ)、呼洩(こえ)、内界(ふところ)、万史螺(ましら)、飛蠡(とり)、鎖撒下(さざんか)などなど、独特の単語が使われて作品世界を作り上げている
そこに、ここを探査にしてきた者たちがやってくる。
この探査者たち、最初、人間かと思ったのだが、彼らも彼らで人間とは異なる存在っぽい。見た目は二本足で、おそらくヒューマノイドだが、自由に姿かたちを変えることができ、内部構造がなく、どうも魂接ぎということをすることで生を永らえているが、それができずに死ぬと、バラバラになってしまう。
雹におそわれ、その後、孚蓋樹の受粉に巻き込まれてしまう探索者たち

久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」(第8回創元SF短編賞受賞作)

これまた新人らしからぬ、といった作品だが
選評でも書かれているが、使われている題材自体は新しくなく、むしろ古臭さすらあるような感じだが、短編小説としての完成度が高い。
ワープ航法が実用化された未来で、宇宙輸送業を営んでいる宇宙船。その船に搭載されている人工知能が主人公。
このワープ航法は、一瞬で目的に着くと考えられていたのだが、実は、特殊なタイプの人工知能によって74秒間の航行をしていることが分かった。すると、その74秒の間に襲撃を行う海賊行為が行われるようになった。
本作の主人公である人工知能は、対海賊の防衛システムで、ワープ航法が使われるときだけ起動される。
そんな独特のあり方、そして、その人工知能が思いを寄せるようになるメアリー・スー。この船で働くようになって二十数年で初めての戦闘

2016年のSF

ちなみに、2016年の日本SFというと、下記のような作品が出ていたようだ。
こうやって並べてみると、そこそこ読んでるな。
なんか最近のようにも思うし、やっぱ2年以上前だしそこそこ前だなーとも思う。
『スペース金融道』『横浜駅SF』『自生の夢』『大きな鳥にさらわれないよう』『蒲公英王朝記』あたり読みたいけど、まだ読めてないなあ
特に『自生の夢』は、我ながらなんでまだ読んでないんだってやつだ


あ、あと「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」も2016年だったんだ。これ、去年の11月か12月に読んだはずなんだけど、ブログに記録していないな。


人工知能学会編『AIと人類は共存できるか』 - logical cypher scape2
奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』 - logical cypher scape2
上田早夕里『夢みる葦笛』 - logical cypher scape2
草野原々『最後にして最初のアイドル』 - logical cypher scape2
宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』 - logical cypher scape2
宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』 - logical cypher scape2
冲方丁『マルドゥック・アノニマス1』 - logical cypher scape2
冲方丁『マルドゥック・アノニマス2』 - logical cypher scape2
ジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scape2
チャイナ・ミエヴィル『爆発の三つの欠片』 - logical cypher scape2
グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』 - logical cypher scape2

過去の年刊日本SF傑作選

今回で10作目ということで
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『量子回廊』(2009年作品)、『結晶銀河』(2010年作品)、『拡張幻想』(2011年作品)は未読
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ちゃんと毎年これチェックしていたんだな自分
読んでいなかった時期の収録作を見ると3分の1くらいは読んだことあるっぽいので、それでスルーしていたのかも。
いやしかし、『拡張幻想』に「ふらんけん・フラン」入ってたのか。最近存在を知りちょっと気になっている奴